第37話:スタンピード②
近接部隊は、地獄絵図を見ているような状況に追いやられていた。
多くのギルドがメンバーを全員集めて挑んでいるが、あまりの数に全方位から攻撃を受けてしまい、一時間も経過すると瓦解寸前となっている。
魔法部隊が回復すると、城壁下に移動し魔法で援護を開始したことで何とか耐えているが、それでも危険の状況であることに変わりはない。
そんな中、たった五名という少ない人数でありながら、討伐ランクAの魔獣を次々と討伐していくギルドがあった。
「ふんっ!」
「おらおらあっ!」
鋭い剣閃で魔獣を細切れにしていくヴィッジと、隻腕でありながら大剣を軽々振り抜いて両断していくグレイズ。
「はあっ!」
「えいっ!」
素早い身のこなしから双剣を躍らせるように振り抜くライナーと、三人の背中に守られながら瞬時の判断で魔法による援護を行うシェリア。
(……)
そして、影の中からナイフを投擲してランクの低い魔獣を一撃で仕留めていくハウザー。
このまま前線を立て直したいところだが、大輪の花だけが魔獣を倒しても意味はない。むしろ、突出してしまうと横から魔獣が流れてきて後方に負担を掛けることになる。
「他のギルドは、何をしているんだ!」
「これじゃあ、俺たちが踏ん張っても、意味がねえなあ!」
(笑わないでください、グレイズ)
「こ、この状況で笑える師範って、やっぱり、凄い!」
「お、お兄ちゃんも、笑わないでよ!」
グレイズとライナーが似た者同士だということが分かっただけで、状況は芳しくない。
魔法部隊の援護があってようやく踏み止まっている他ギルドは、魔法部隊の回復が間に合わなくなれば一気に瓦解するだろう。
その時、ヴィッジの耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。
『――ヴィッジ!』
「どわあっ! えっ、フェリシア様!?」
次元の耳を使って声を掛けてきたフェリシアに、ヴィッジは声をあげて驚いてしまう。
『時間がないから簡潔に言うわね! ハウザーさんとライナー君とシェリアちゃんを、他のギルドの援護に向かわせてちょうだい!』
「こ、ここはどうするんですか! 俺とグレイズさんの二人で抑えろってことですか!?」
ヴィッジの声に、その場にいた全員が驚愕する。
この場でいえば二人のレベルが一番高い。
それでも、この数を二人で抑えるというのは、死ねと言っているようなものだった。
『グレイズさんから、何か受け取ってないの!』
「何かって、いったい?」
フェリシアの声はヴィッジにしか聞こえていない。
ヴィッジは困惑した表情でグレイズを見るが、見られたグレイズも似たような顔をしている。
(……あっ! グ、グレイズ! あなた、ヴィッジに渡していないのですか!)
「渡してないって、何を……あ……ああああああああぁぁっ!?」
何を言いたいのかを悟ったハウザーがグレイズに問い掛けると、グレイズもスタンピードのせいですっかり忘れていたことを思い出した。
そして、腰に下げていた古ぼけた短剣を、ヴィッジの前に差し出す。
「……グレイズさん、これは?」
「あー、オークションで競り落とした、聖剣だ」
「「「……せ、聖剣!?」」」
驚きの声はヴィッジだけではなく、ライナーとシェリアからも聞こえてきた。
ヴィッジは自分のスキルを無意味だと常日頃から思っていた。
スキルの名前は聖剣。その効果は――聖剣の能力を全て発揮させることができる、というものだ。
聖剣はとても貴重なものであり、王族が管理する様な代物まで存在している。
オークションに流れてくること自体が珍しく、流れてきても質の良い物は全く無い。
今回グレイズが競り落とした聖剣も、当初は王族が管理していたのだが、とある事情から貴族に下げ渡され、そこからオークションに流れた経緯がある。
使用者にマイナスの要素が発生することはないとされているが、それでも使用するには勇気がいる聖剣になっていた。
「……ありがとうございます、グレイズさん!」
だが、ヴィッジにとってはどのような事情があったとしても関係のないことだった。
聖剣の能力を全て発揮させることができる自身のスキルを、ようやく活躍させることができるのだから。
「フェリシア様の指示を伝えます! ハウザーさんとライナー、シェリアは他ギルドの援護に向かえ! この場は俺とグレイズさんで抑えます!」
「「はい!」」
(心得ました)
グレイズから聖剣を受け取ったヴィッジの言葉を受けて、ライナーたちが移動を開始する。
そして、ヴィッジは聖剣を構えて前を向いた。
『ヴィッジ、いけそうかしら?』
「もちろんです。聖剣の能力は、すでに把握しています! ――ヤタ!」
「グギュルララアアアアッ!」
フェリシアへ返事をした後、ヴィッジは上空を旋回していたヤタに声を掛ける。
ヤタは急降下して地面すれすれを飛行しながら近づくと、ヴィッジはそのまま飛び乗った。
「一気に上昇だ!」
「ギュルラッ!」
指示通りにぐんぐんと上昇していき、大地を一望できる高度までやって来ると、ヴィッジはヤタの背中に立って聖剣を掲げる。
直後、天を貫くかのように、長大な光の刃が顕現した。
その光は防衛軍だけではなく、魔獣の目も奪ってしまう。
「……光剣よ、降り注げ!」
そして、光剣は弾けた。
幾百、幾千の小さな光剣に変化した光の刃は、地上に群がる魔獣めがけて降り注ぐ。
聖剣の光は魔獣にとって天敵となる。
触れただけで蒸発する魔獣や、耐えたとしても即座に次の光剣が突き刺さり、同じように蒸発していく。
それだけではない。
人間が光剣に触れると、その身に受けた傷を癒し、魔力を回復させ、身体能力強化が施されていく。
「……こ、これは、いったい?」
「……魔獣が、消えた?」
「……いける、いけるぞ!」
瓦解寸前だった各ギルドからは歓喜の声があがり、劣勢だった防衛軍は息を吹き返す。
1000に迫る数の魔獣の半数以上を、ヴィッジの光剣が仕留めていたのだ。
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