第36話:スタンピード①
――ルカがリントヴルムと遭遇する少し前。
アルカンダリアでは大輪の花だけではなく、在籍している全ギルドを総動員してスタンピードに備えていた。
役所の担当者にはフェリシアから事情を説明し、ヴィッジがアルカンダリア防衛に残ることも伝えてある。
しかし、事実を知った担当者はアンジェリカやエリリスにも残って欲しいと口にした。
「大量の魔獣と同時に原因の魔獣とも対峙することになりますが、いいんですか?」
その一言で、担当官は渋々ヴィッジだけが残ることを了承した。
しかし、防衛戦で戦うのはヴィッジだけではない。
「う、うううう、初陣が、スタンピードだなんて!?」
「で、でもでも、がががが、頑張りましゅ!?」
ライナーとシェリアも強制的に参加する。
二人も参加する気だったので問題はないのだが、可能ならば後方支援に回したかったのがフェリシアの本音だった。
「……本当に参加するんですか?」
「がははははっ! 二人が参加するのに、俺が引っ込んでるわけにはいかんだろう!」
呆れているヴィッジの隣には、現役を引退したはずのブレイズの姿があった。
戦力は一人でも多い方が良い。そして、グレイズはレベル42と非常に高く、隻腕とはいえ十分に戦えることを先日の懸賞首討伐で証明している。
(私も微力ながら、手助けいたしましょう)
「……ハウザーさんは怪我人なんですが?」
(ご安心を。影の中から安全に参加するだけですから)
パッと見ではハウザーの姿は見当たらない。
ハウザーはヴィッジの影の中に入っており、そこから話し掛けているのだ。
「絶対に無理だけはしないでくださいね」
(承知しております。……おや?)
影の中からヴィッジたちを見ていたハウザーは、とあることに気がついた。
(ヴィッジ様は、いつもの剣を使うのですか?)
「……? はい。それが何か?」
(いえ……あの、グレイズ? あなた、お渡しして――)
ハウザーがグレイズに話し掛けようとした時、アルカンダリアの物見台に取り付けられた大鐘が打ち鳴らされた。
「魔獣が来たぞおおおおおおおおぉぉっ!」
続いて、警戒していた男性の大声が響き渡る。
指差された先を見てみると、大量の砂煙が上がり、横に長く広がった小さな点が迫ってきているのが確認できる。
「……あれが、全部魔獣なのか」
「おぉおぉ、怖いねぇ」
「が、頑張ろうね、シェリア!」
「うん、お兄ちゃん!」
(……仕方ありません。まずは、戦闘に集中しますか)
言葉を遮られたハウザーも、まずはアルカンダリアを防衛することが先決と、影の中から魔獣を見据える。
「討伐ランクCからBがほとんど。Aが少しだけ交ざってやがるな」
「それじゃあ、俺は討伐ランクAを中心に仕留めます。ハウザーさんは、ライナーの影に移動できますか?」
(その方がいいですね。影を重ねていただけますか?)
言われるがままにヴィッジはライナーの隣に移動して影を合わせる。
(……ありがとうございます)
「うわあっ!? ……ハウザー様、本当にいるんですね」
(あなた方は私がお守りしますよ)
「……ハウザー様、お兄ちゃんのことを、お願いします!」
(はい。ですが、シェリアさんのこともしっかりとお守りしますから、ご安心を)
姿は見えないが、いつもの笑みを浮かべているのが想像できる優しい声音に、二人の緊張が和らいでいく。
その様子を見て、グレイズも満足そうに頷きながら、ヴィッジの隣に立つ。
「俺もランクAを倒しに行くぜ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「なんだあ? いつから俺のことを心配できるようになったんだい?」
「こ、これでも、レベル43になったんですよ」
「おっ! ついに俺を超えたんだな! こりゃあ、フェリシア嬢たちと同じように、敬語で話すべきですかい?」
「敬語じゃないですよね、それ! ……いや、俺には普通に話してください」
「そういうと思ったぜ!」
快活に笑うグレイズを見て、肩に手を回されたヴィッジは苦笑する。
「久しぶりに、並んで魔獣を狩ってやろうぜ!」
「はい!」
ヴィッジも内心ではグレイズと並んで戦えることが嬉しく、気持ちが昂っている。
そして、ここでグレイズに借りを返すことができるとも考えていた。
「グレイズさんが危なくなったら、今度は俺が守りますよ」
「期待しているぜ、ヴィッジ」
その時、魔法師を束ねていた人物の号令が聞こえてきた。
「魔法部隊、放てええええええええぇぇっ!」
そして、アルカンダリアの城壁上から様々な魔法が放たれていく。
傍から見れば色鮮やかな光が空を駆け抜ける様子に美しさを感じるだろう。だが、全ての魔法が着弾と同時に大爆発を巻き起こすと、城壁下にいる面々は突風にその身を晒すことになる。
「おぉおぉ、すげえ迫力じゃねえか」
(魔法だけで終わってくれたらいいんですけどね)
「……まあ、そうはいかないか」
魔法の嵐に晒されたとはいえ、削れたのは数十匹程度だろう。
とめどなく魔法は放たれているものの、魔獣は徐々にその大きさをはっきりとさせる距離まで近づいてきている。
「近接部隊、突っ込めええええええええぇぇっ!」
魔法部隊が魔力回復の時間を取るに当たり、ついにヴィッジたちの出番となった。
「いきましょう!」
「よっしゃあ! 久しぶりに、暴れてやるぜ!」
(お二人は気をつけていきましょう)
「は、はい!」
「頑張ります!」
ヴィッジたちを含む近接部隊が、魔獣の群れに突撃を開始した。
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