第35話:ルカ・ラッシュアワー②

 洞窟の中にも魔獣の姿は見当たらない。

 ハウザーが入った時に戦っていたダークバットすら、一匹も姿を見せていない。

 しかし、ルカとしてはありがたいことだった。


(無駄なことを考える必要がなくなるものね)


 それで警戒を解くような安易な真似はしないが、それでも疲労を軽減できるという意味では有効なことだった。


 ――ビチャ。


 その時、地面がぬかるんでいることに気づいたルカは、嫌悪感を浮かべる。


「……これも、ハウザーさんの血」


 足元を湿らせるほどの血を、ハウザーは失っていた。

 それでもなお、山を駆け下り、森を駆け抜け、ギルド本部に戻ってきてくれた。

 その想いに応えないわけにはいかない。


「……いたわね」

『……フシュルルルルゥゥ』


 深紅の瞳が二つ闇の中に浮かび上がると、真っすぐにルカを見つめている。

 ルカもその瞳を真っすぐに睨みつけ、フェリルドとフェリガンズを構えた。


「時間が無いの。さっさと殺してあげるから、来なさい」

『ブジュグルラアアアアァァッ!』


 ルカの挑発が通じたのか、洞窟の最奥でとぐろを巻いていたリントヴルムが血濡れの牙をむき出しにして飛び掛かってきた。

 フェリガンズを突き出して牙を防いだルカは、倍以上の体躯を持つリントヴルムの体当たりをも受け止めている。

 リントヴルムのような大きな体を持つ魔獣は、一撃必殺の攻撃を完璧に受け止められると大なり小なりで動きの精彩を欠くことが多い。

 しかし、リントヴルムはまるで予期していたかのように次の攻撃へと移っていく。

 尻尾が振り抜かれると、洞窟の壁を削りながら迫ってくる。

 重戦士という肩書を持つルカだが、その動きは肩書からは想像できないほどに機敏だ。

 飛び上がり尻尾を回避すると、落下の力を利用してフェリルドを振り下ろす。

 刀身が切り裂くと思われた胴体の部分だけがぐにゃりと曲がり回避すると、フェリルドは地面を斬り裂いた。


「あら。意外と動けるのね」

『フシュルルルルゥゥ』


 両断するのは無理でも、傷を付けることはできると思っていたルカは予想外だと笑みを浮かべる。

 討伐ランクSの魔獣を目の前に笑みを浮かべられる人物がどれほどいるだろうか。


「あなたなら、私の糧になってくれるはず!」


 そして、ルカは笑みを浮かべたまま自ら斬り掛かった。

 ぬかるんだ地面をものともせずに蹴りつけ、一足飛びでリントヴルムの懐に潜り込んだルカは、フェリルドを斬り上げる。

 今度は鱗を弾き飛ばすことに成功したが、肉を断つには至らない。

 だが、ルカの攻撃は一太刀だけではない。二の太刀、三の太刀と連撃を浴びせ掛けていく。


『ブジュルゴアアアアアアアアッ!』

「ブレス!」


 薄暗かった洞窟内を、紅色の光がわずかに照らす。

 その変化に気づいたルカは大きく飛び退くと、下部が地面に突き刺さるほどにフェリガンズを力強く振り下ろした。


 ――ゴウッ!


 直後、フェリガンズに強い衝撃が走り、ルカの体が後方へと押しやられていく。

 フェリガンズの左右からは紅のブレスが駆け抜けると、熱波がルカの肌を焼き、大量の汗が噴き出していく。

 それでもルカの表情に変化はない。


「……これくらい、一人で、乗り越えないとね!」


 先ほどは押しやられたものの、足に力を込め、腰を落とし、ブレスを浴びせられている中を、一歩ずつ前に進んでいく。

 これにはリントヴルムも驚愕し、焦燥し、恐怖した。


『アア、アアアアアアアアァァッ!』

「ぐうっ! ……だが、まだまだああああっ!」


 ブレスの威力が上がり、再び押し返されそうになったルカだが、さらに深く腰を落とし耐える。

 噴き出す汗は即座に蒸発し、肌を焦がす匂いが鼻を突く。

 それでも、ルカは耐えに耐えた。

 ルカが折れるのが先か、リントヴルムが折れるのが先か。

 人と魔獣の根比べである。


「おおおおああああああああっ!!」

『ゴオオオオアアアアアアアアァァッ!!』


 互いにどれだけの時間を耐えていたのかは定かではない。

 しかし、これだけははっきりしている。

 人と魔獣の根比べに、決着がついたということだ。


「はああああああああああああああああっ!!」


 ブレスの中を一歩ずつ歩きだしたルカは、威力が弱まったタイミングを見計らい駆け出した。

 フェリガンズの表面が溶け始めたが、次の一撃で決めるためにさらに加速する。


『ゴオ、ゴオオオオアアアアアアアアァァッ!』

「遅い!」


 焦ったリントヴルムが威力を強めたものの、1秒にも満たない時間でブレスが途切れた。

 ルカはフェリガンズから手を放すと、素早く横へ移動しブレスの射線上から逃れる。

 威力が強まったブレスがフェリガンズを飲み込むが、構うことなく地面を蹴りつけ、一瞬で最高速度に到達した。


「さよなら」

『ブギュルガアアアア――!』


 直後、リントヴルムの首が宙を舞い、焼け焦げた地面の上に鈍い音を立てて落下した。


「……少しだけ、疲れたわね」


 結果だけを見れば圧勝だったかもしれない。

 だが、ルカの肌は焼け焦げ、大盾のフェリガンズを失ってしまっている。

 次を考えると、厳しい結果になったともいえるだろう。


「次は、スタンピードの原因になった魔獣の討伐ね」


 そのまま洞窟を出ようとしたところで、フェリシアから投げ渡された小さな袋のことを思い出した。


「危ない。忘れるところだったわ」


 ルカは袋の口を死骸となったリントヴルムに向ける。

 すると、リントヴルムの死骸が袋の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。


「アイテムボックス、本当に便利ね」


 見た目以上の容量を収納することができる魔法具、アイテムボックス。

 フェリシアが持っていたものは袋の形をしているが、アイテムボックスは様々な形のものが存在している。

 容量によって値段は変わってくるが、安いものでも大銀貨1枚以上になるので高級品であることに間違いはない。

 ちなみに、フェリシアのアイテムボックスは10メートル四方の容量があり、値段にすると中金貨が数枚飛び交うような超高級品だ。


「……さて、それじゃあ戻りましょうか。これに、原因になった魔獣も入ればいいんだけど」


 フェリガンズを失った分身軽になったルカは、やや早足で洞窟を戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る