第33話:会議②

 さすがに予想外だったのか、冷静な顔を常に浮かべていたルカも表情を曇らせる。


「……それは、本当なんですか、ハウザーさん?」

「はい。何とか洞窟の外に逃げた時、山向こうから、魔獣の咆哮が無数に聞こえてきました。あれは、スタンピードが近づいてる、証拠だと思います」

「なるほどね。なら、リントヴルムをスキルなしで、なるべく短時間で倒さなければならないわね」

「できるの、ルカ?」

「問題ないわ、フェリシア。それに、ここは西の大都市アルカンダリア。トップギルドは、大輪の花だけではないもの」

「それも、私たちより上の実力のトップギルドがね」


 ルカが表情を曇らせたのは一瞬だけだった。

 すぐに普段の冷静な表情を取り戻し、フェリシアには笑みを返して歩き出す。


「あっ! ルカ、これを持っていって!」


 そう言ってフェリシアが投げ渡したのは、小さな袋だった。


「ありがとう、フェリシア」

「ちゃんと持って帰ってくるのよ!」

「もちろんよ。……それに、リントヴルム以上だってね」


 ルカの最後の呟きは、誰の耳にも届いていなかった。


「……さて! それじゃあ私たちはスタンピードに備える必要があるわね!」

「それに関してはグレイズ殿が役所に向かっているはずですが……ちょうど、戻ってきましたね」


 ルカと入れ替わりでギルド本部に戻ってきたグレイズ。

 これからスタンピードに備える話し合いを始めるとフェリシアが口にしたのだが、何故かその表情は芳しくない。


「どうしたんですか、グレイズさん?」

「……役所のお偉いさんからの伝言だ。現在、上位のギルドは遠方に出払っていて戦力が足りていない。故に、スタンピードの原因になっているだろう魔獣の討伐を、大輪の花に緊急依頼として発令する、だそうですぜ」

「…………嘘、それって、本当なの?」

「らしいですぜ。神の剣は北の方に、大陸の盾は東の方に、自由奔放は……どこに行ったのか、把握すらできていないみたいですね」

「自由奔放、ギルド名通りのようですね」


 アンジェリカがため息をついているが、今はそれどころではない。

 スタンピードは魔獣が狩られることなく、際限なく数を増やし、縄張りから溢れ出し人里になだれ込むことを言うのだが、その原因は一つではない。

 ギルドという仕組みが出来上がった当初は、その数も少なく魔獣狩りの手が回らないこともあり数が増えることもあったが、ギルドが増えた昨今では手が回らないということは無くなってきている。

 そのおかげでスタンピードが起きること自体が少なくなっているのだが、ならばどうしてスタンピードが起きてしまったのか、という話になってくる。

 その理由というのが――大量の瘴気が発生した場合だ。


 魔獣は瘴気を好む性質を持っており、人間は瘴気を避ける性質を持っている。

 瘴気の濃い場所を人間は自然と避けるようになり、魔獣は集まってくる。

 大きな都市のギルドでは、あえて瘴気の濃い場所に足を踏み入れて魔獣を狩ることを推奨しており、役所から依頼を出すことも少なくないが、小さな都市ではそうもいかない。

 生活するために依頼をこなしており、危険をできるだけ避けて稼ぐことが重要になってくるところもある。

 そうなると、瘴気の濃い場所に足を踏み入れる者が少なくなり、魔獣が集まり、数を増やして、進化を繰り返し、スタンピードになるというのが、昨今のスタンピード事情になっていた。


「あの、スタンピードの原因になっている魔獣というのは、何なのでしょうか?」


 おずおずと手を上げて質問してきたのはライナーだ。

 シェリアも気になっていたが声を掛けることができなかったのか、フェリシアたちとライナーを交互に見ている。


「瘴気の中で魔獣が進化を繰り返すと、魔獣自体が瘴気を発生させることがあるんだ。んで、そいつが動くと瘴気も動くから、他の魔獣も一緒に動く」

「それが、スタンピードになるってことですか?」

「そういうことだ。まあ、お前たちに無理をさせるつもりはねえから、安心するんだな!」


 ライナーの疑問に答えながら、グレイズが元気づけるために快活な笑みを浮かべる。

 だが、進化を繰り返した魔獣は自ずと強力な個体となり、ルカがいない現状の戦力では、幹部三名をつぎ込んだとしても必ず勝てるとは言い難いものがあった。


「本当なら、ルカの帰りを待ってから仕掛けたいところだけど、役所からの緊急依頼なら断れないか」

「断れませんからね、緊急依頼は」


 役所からの緊急依頼には強制力が働いている。

 もし断りでもすれば、そのギルドは自動的に解散を言い渡されることになる。

 理不尽ではあるものの、各ギルドはそのことも織り込み済みで設立を許可しているので、文句のつけようがないのだ。


「うーん……とりあえず、フェリクスを飛ばして西の山とその先を確認するわ。その後に人選を決めたいと思います」

「人選とは言っても、私たちが全員で向かうのではないのですか?」

「そうだよ、フェリちゃん! 悔しいけど、スタンピードの原因になるような魔獣を倒す自信は、ないかな」

「……そう、ですね」


 アンジェリカも、エリリスも、ヴィッジも同意見だ。


(ルカなら何て言うだろう)


 そんなことを考えながら、それでも士気を落とすことはできないとフェリシアはニコリと笑う。


「大丈夫だよ! ルカは絶対に戻ってくるし、私たちならスタンピードの原因になった魔獣を倒すこともできる! それに、トップギルドが不在な今、アルカンダリアを守るにも戦力を割かなきゃいけないでしょ? いやー、トップギルドは大変だねー!」


 できるだけ元気に、明るい声で発言していくフェリシア。

 だが、場の空気を払しょくするには至らない。


「はははー……はは……うん、大丈夫だよ、みんな」


 だが、元気でも、明るい声でもない、いつもの声音で語られた言葉に、全員が顔を上げてフェリシアを見た。


「私たちは、大輪の花なの。今はまだつぼみだったり、ちょっと開いた花かもしれないけど、いつか大輪の花になるメンバーが揃っているんだ。こんなところで潰れるような、柔なメンバーをギルメンにした覚えはないよ」


 フェリシアの言葉には、自信が漲っていた。

 この場にいる全員を、フェリシアは心の底から信頼していた。

 だからこそ、ただ元気な声よりも、ただ明るい声よりも、自信に満ちた声の方が心に響いたのだ。


「……そうですね。私たちなら、きっとやれます」

「……うん。うん、そうだね!」

「……やってやりますよ。そして、ルカ様に自慢してやるんです!」

「「「いいや、それは無理」」」

「み、みんな、酷くないですか!?」


 ヴィッジの言葉にだけ否定を口にしたフェリシア、アンジェリカ、エリリスは笑い声をあげた。

 その様子を見て、ライナーとシェリアは驚きながらも不思議と安心感を得ていた。


「大輪の花に加入して、良かっただろう?」

「……はい!」

「わ、私たちも、できることを頑張ります!」


 そして、フェリシアたちも本格的にスタンピードへの準備を始めたのだった。

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