第29話:オークション②

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。

 現役の時には凶暴な魔獣と相対しても、これほど緊張したことはなかった。

 魔獣を狩る者として、狩られる覚悟を持っていたからだろう。


『さあさあ! 次に運ばれてきました商品は――』


 舞台上では司会が商品の説明を始めているが、緊張のあまりほとんど耳に入ってこない。

 競り落とせなければ、ここでの時間は無意味に終わってしまうからだ。


(落ち着け、俺! 大丈夫だ、ハウザーからも許可は貰っているじゃないか! この際、バレてしまっても構わないから、絶対に競り落とすぞ!)


 ギルド本部に担当者がお金を受け取りに来るのは仕方がない。

 そして、さらにお金を前借することになるが、それも仕方がない。

 引退したとはいえ、簡単な依頼で日銭を稼げば数年くらい、なんてこともないはずだ。


『――それでは、競売を始めたいと思います! 開始金額は――大銀貨5枚からです!』

「大銀貨6枚!」


 参加方法として、グレイズが座っている椅子のひじ掛けにボタンがある。

 このボタンを押すと内蔵されていたマイクがせり出してくるので、金額を告げていく。

 マイクはオークション関係者につながっており、そこから舞台の上に設置されている掲示板に金額が表示されていく仕組みだ。

 グレイズが告げた大銀貨6枚から、すぐに7枚、8枚と金額が上がっていくのを見て、ごくりと唾を飲み込む。


「小金貨1枚!」


 銀貨から金貨に変わったことで、会場からは小さなどよめきが聞こえてきた。

 だが、数字はさらに上がっていき、ついに小金貨2枚に突入した。


「小金貨2枚に……大銀貨3枚!」


 グレイズは一気に金額を上げることで、競っている相手の様子を窺うことにした。

 相場ならそろそろ決着がつく金額なのだが、掲示板の金額はすぐに変わってしまう。


「……おいおい、マジかよ」


 表示された金額は――小金貨4枚。

 相場でも一番高いとされている金額に、グレイズは敗北を覚悟した。

 頭の中ではこれからの生活のことを考えている。


(三年分の給料に加えて、さらに何年分を費やせばいいんだよ! ひもじい生活を五年……七年……いや、中金貨まで上がったら十年以上か?)


 耐えられない。

 普通はそう考えるだろう。だが、グレイズの頭の中にはとある人物の顔が浮かんでいた。


「…………いいや、あいつのためにも、十年くらいのひもじい生活くらい、乗り切ってやるぜ! ――小金貨5枚!」


 手持ちの全額をマイクに告げて、掲示板の金額が変えられていく。

 これから先は、三年以上先の給料をつぎ込むことになるが、それでも構わないとグレイズは吹っ切れていた。


(いいぜ、どこまでもやってやるよ! 何なら、二十年でも三十年でもひもじい生活を送ってやるぜ!)


 ――しかし、小金貨5枚から金額が変わることはなかった。

 会場からは『これで終わりか?』『どうなんだ?』と言った声が聞こえてくる。

 そして、そのままの金額で一分が経過した時だった。


 ――カンカン!


 舞台上の司会が木槌を叩き、競売が終了したことを告げた。


『おめでとうございます! こちらの商品は、小金貨5枚で落札されました! 皆様、盛大な拍手をお送りください!』


 視界の合図により、会場からは拍手が送られている。

 だが、グレイズは本当に競り落とすことができたのかどうか、半信半疑となっており、個室の中で呆然としていた。


「……お、終わった、のか?」

『――39番の方』

「どわあっ!?」


 呆然としているところに突如見知らぬ声が聞こえてきたことで、グレイズは大声をあげてしまう。


『……失礼いたしました。オークションの者です。落札された商品の受け取りについてなのですが』

「……あ、あぁ。すまない、変な声をあげてしまった」

『いいえ、慣れていますから』


 マイクを通して金額をオークション関係者に伝えていたように、各個室にもオークション関係者から客に声を伝えるための設備が整っている。

 受け取りに関しては、そのまま受け取って帰る者もいれば、大きな商品であれば後日指定の場所に運んでもらうことも可能だ。


「そのまま持って帰る」

『かしこまりました。商品をお持ちいたしますので、しばらくお待ちください』


 声が聞こえなくなると、グレイズは盛大にため息をつき、背もたれに全体重を預けていた。


「……つ、疲れた。オークションって、こんなに疲れるのかよ。金輪際、やりたくねえぜ」


 水差しを手にしてグラスに注ぎ、再び一気に飲み干していくグレイズ。

 しばらくしてドアがノックされると、オークション関係者が競り落とした商品を手に現れた。


「失礼いたします。こちらが、お客様が競り落とされた商品でございます」

「そうか……こいつが、そうかい」


 疲労困憊だったグレイズだが、その商品を手にした途端、疲れが吹っ飛んだかのように清々しい表情を浮かべていた。


「……いかがなさいますか? この後もご参加を?」

「いや、俺の用事はこれだけだ」

「そうですか。では、このままお支払いまでお願いしてもよろしいですか?」

「あぁ。これが、小金貨5枚だ」

「では……はい、確かに受け取りました。またのご来場、お待ちしております」


 心の中で『絶対に来ないぞ!』と強く願いながら、グレイズはオークション会場を後にしたのだった。

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