第30話:隠密①
大輪の花の隠密としても活動しているハウザーは、時折ギルド幹部からの依頼で仕事をすることがある。
仕事内容は多岐にわたり、以前にも行った対象者の身辺調査や大輪の花に探りを入れている人物の調査や処理、情報収集なども仕事の内に入る。
そして、今も新たな依頼を受けてハウザーは暗躍していた。
「……あれが、問題の場所ですか」
ハウザーが訪れているのは、西の森を抜けた先にある山の中。
役所の掲示板に張り出されていた依頼書の中に、気になる依頼を見つけたルカからの依頼だった。
どうやら、山の方でも縄張りを追われた魔獣が移動を開始しているという情報が入り、依頼内容自体は魔獣の討伐なのだが、ルカからハウザーへの依頼は魔獣の存在を確かめるだけである。
しかし、魔獣の気配を洞窟の中から感じているハウザーは、どうするべきか悩んでいた。
「確認するには中に入るべきですが、光のない場所では私のスキルも役に立ちませんからねぇ」
ハウザーのスキルである影移動が活きてくるのは、影がある場所だけであり、闇の中では役に立たない。
光を浴びてできた影があればいいのだが、光の届かない洞窟の中では闇しか広がっておらず、影移動を使うことができないのだ。
「……しかし、手ぶらで帰るわけにもいきませんか」
全身黒装束のハウザーの両手にはナイフが一振りずつ握られている。
ハウザー自身もレベル40と高く、中堅以上のギルドマスターにでもなれる実力も持っている。
しかし、逃げ場のない洞窟に、たった一人で潜るとなれば、相応の準備が必要になってしまう。
行けるところまで行き、危なくなればすぐに引こう。
そう考えたハウザーは、意を決して洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中の空気は淀んでおり、息苦しさすら感じてしまう。
レベルの低い者であれば、この空気を吸い込んだだけで膝を付き、動けなくなってしまうだろう。
そんな中を、ハウザーは普段と変わらない足取りで奥へと進んでいた。
「この感覚……討伐ランクAか、Sの魔獣がいそうですね。この山にも、越えた先にもランクSの魔獣がいたという情報はなかったはずですが」
自らの知識と確認し合いながら足を進めて行くハウザーだったが、正面から一匹の魔獣が姿を現す。
『……キィィキィィッ!』
「ダークバットですか。それも……数十では収まらない数がいますね」
洞窟の中など、暗闇の場所を好んで生息するダークバットだが、単体で行動していることは少なく、その多くが群れで暮らしている。
通常は十匹前後の群れなのだが、ここには何故か三桁に迫る数のダークバットが集まっていた。
「仕方ありませんね。少し、全力でやりましょうか!」
『キイイィィィィッ!』
奇声を発しながらダークバットがハウザーに迫る。
ハウザーの両腕が振られるたびに、鋭い風切り音が鳴り響く。
間合いに入ってきたダークバットは次々と両断されていき、足元には大量の死骸が転がっていく。
「後方からも、来ましたか!」
『キイイィィィィッ!』
正面からもいまだに迫ってくるダークバットだが、外から戻ってきた個体だろうか、後方からも続々と襲い掛かってきた。
それでもハウザーの表情は崩れることなく、腕の振りはさらに加速していく。
まるでここ一ヶ所にだけ竜巻が発生したと見間違えてしまうのではないかというその速さは、ダークバットからすれば完全に予想外の出来事だっただろう。
数の暴力は確かに脅威だが、ハウザー対ダークバットという構図であれば、ハウザーの実力に数の暴力もお手上げ状態になっていた。
結果として、ハウザーは合計百匹以上のダークバットを仕留めたのだが、呼吸を乱すこともなく、ただ大量の死骸を眺めていた。
「……さて、これだけのダークバットを率いていた魔獣ですか。おそらく、という当てはありますが、もう少し先に進んでみますか」
当てはあるものの、あくまでもハウザーの推測である。
この目で確認するまでは確実な情報とは言えないと判断したハウザーは、前進を選択した。
しかし、この選択がハウザーにとって最悪の結果を招くことになることを、今はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます