第28話:オークション①

 アルカンダリアには様々な店が存在しているのだが、その中には特に夜に賑わう場所が三ヶ所ある。


 一つ目が酒場で、老若男女問わず一仕事終えた者たちが集まっている。

 二つ目が遊郭で、足を運ぶのは男性がほとんどだが、時折女性が足を運ぶこともある。

 三つ目がオークション会場で、お金に余裕のある裕福層が足を運ぶことが多い。


 この三ヶ所にうち、オークション会場に足を運ぶ隻腕の男がいた。


「……さて。俺のこれからの生活が掛かった大勝負だ!」


 グレイズの手には全財産と、ハウザーに頼み込んで前借した給料が入った袋が握られている。

 今日のオークションには、グレイズは常々手に入れたいと思っていた物が出品されるという情報を耳にし、こうして足を運んだのだ。

 ハウザーからは三年分の給料を前借しているが、それでも足りない場合は、大輪の花の名前を出していいと言われている。

 そうすると、後日オークションの担当者がギルドを訪れて、残りの支払いを行うことになる。


「頼む、この金額で足りてくれよ! そうじゃないと、そうじゃないと……!」


 現役時代に死にそうになった時ですら神に祈りを捧げたことがなかったグレイズだが、ここでは祈る以外にできることがない。

 競る相手が現れた場合、資金で負けていればどうしようもないからだ。

 ギルドの名前を出せば問題ないのかもしれないが、そうなるとハウザー以外にもこの事態がバレてしまうので、そこも気になっていた。

 ぶつぶつと祈りの言葉を呟きながらオークション会場の入口で入場料を支払い、指定された部屋に入ると、そこにはテーブルとイスが一つずつ、テーブルには水差しとグラス、そして商品リストが置かれている。

 オークションでは、誰が競り落としたのかを分からないようにするため、参加者には個室が割り振られる。

 以前に競り落とした商品を狙い参加者が次々に襲われる事件が起きたことで、このような形が現在では取られていた。


「あいつらの話じゃあ、そこまで値上がりはしないだろうってことだったが……」


 オークションに挑むにあたり、グレイズは参加したことがある顔見知りに狙っている商品の情報を仕入れていた。

 当初の思惑通り、オークションに流れるやつはそこまで良い物ではないらしく、競り落とす者はいるものの、高額にはなり難いのだとか。

 安くて小金貨2枚、高くて小金貨4枚が相場となる。

 そもそもが珍しい商品なので、何人にも聞いて、遭遇したことのある者が一人しかいなかったが。


「念のため、小金貨5枚はある。……絶対に、大丈夫だろ!」


 袋を握る手に力が入り、ジッと商品が流れていく舞台上を見つめる。

 商品リストによると目的の商品は、現在競りが行われている古代の壺を含めて三つ後に流れてくる。

 そして、その古代の壺は中金貨1枚と大銀貨5枚で競り落とされた。


「…………おいおい、壺が中金貨1枚以上だって!?」


 これも顔見知りに聞いた話だが、どんなに貴重な商品であっても、中金貨2枚を超えることは稀であり、それも目玉商品である最後の商品で飛び出す金額なのだとか。

 だが、これもやはり稀なのだが、序盤で大金が動く時は普段では安く競り落とされる商品でも、高額になることがあるらしい。


「まさか、今日がその日だって言いたいのか?」


 商品が出てくる前に頭を抱えそうになったグレイズだが、この場でやれることはと考え、再びぶつぶつと祈りの言葉を呟き出した。

 しかし、グレイズの祈りは届かなかったのか、次の商品である有名画家の絵画が小金貨9枚で落札され、さらに次の商品であるアダマンタイト製の魔法剣は中金貨2枚で落札された。


(……剣が、剣が中金貨2枚って……マジかよ、ヤバくないか!?)


 鼓動が速くなり、冷汗が止まらなくなってきた。

 テーブルに置かれていた水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干す。

 魔法剣が舞台から片付けられると、ついに目的の商品が運ばれてくる。

 露天で売られている物には偽物がほとんどだが、オークションの場合は本物か偽物か、担当者がしっかりと確かめているので信頼性が高い。


(ここで手に入れられなければ、次はいつになるってんだよおっ!)


 グレイズはこれがオークションに流れてくるのを、一年近く待ちわびていた。

 それほどに流れてくることが珍しい物でもあるのだ。


(……まさか、珍しい物をコレクションしてる奴じゃないだろうなあっ!?)


 誰が競り落としているかは分からないが、もし同一人物であれば相当裕福な人物であり、グレイズでは勝ち目が全くない相手になるだろう。

 悲観的な考えだけが頭の中に浮かんでくる中、ついに目的の商品が舞台上に運ばれてきた。

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