第26話:獣魔師①

 獣魔師であるアニマの一日はとても早い。

 太陽が顔を出す前に目覚め、牧場へと向かい獣魔の世話をする。

 獣舎の掃除をしたり、獣魔にエサを与えたり、ブラッシングもそうだ。

 他にも多くの仕事があり、ルカが半年に一回しか休んでいないと驚いていたフェリシアだったが、ルカよりもアニマの方が忙しいかもしれなかった。


「ふぅー! 今日も終わりかなー!」


 現在、大輪の花には七匹の獣魔が飼われている。

 フェリシアのフェニクス。

 ルカのシルバー。

 アンジェリカのルーク。

 エリリスのトルソ。

 ヴィッジのヤタ。

 そして、調教中の獣魔が二匹となっている。

 この調教中の二匹は、ライナーとシェリアが正式にギルドメンバーとなった時に、二人の獣魔になる予定だ。


「よーしよしよし。お前はシルバーとルークに、お前はトルソに色々と教えてもらいなさいな」


 一匹は馬の獣魔で、ルークと同じ魔獣である。

 一角馬であるシルバーと共に普段は生活しており、主となる相手との関わり方についてを教えられている。

 もう一匹は虎の獣魔で、エリリスの獣魔であるトルソも同じ魔獣だ。

 こちらもトルソが色々と教えており、日中はアニマが、夜は先輩獣魔が調教を手伝ってくれていた。

 だが、これは従来の獣魔師では行えない方法でもある。


「それじゃあ、後は任せたよー!」


 獣魔に手を振って牧場を離れたアニマは、自室で着替えを済ませると、そのまま外に晩ご飯を食べに向かう。

 通常、獣魔が調教の手伝いをすることはなく、この方法はアニマ特有と言ってもいいだろう。

 ビーストフォレストでは役立たずと言われていたアニマだが、レベルが上がるほどにその実力を高めていき、あっという間に一流の腕を持つ獣魔師に成長した。

 見極めるのは困難なのかもしれないが、アニマは大器晩成型の獣魔師だったのだ。

 だからこそ、調教した獣魔を他の者に懐かせて、その者の指示も聞くように仕向けているし、自分がいない時には先輩獣魔が世話をしてくれている。

 普通の獣魔師は、自分の時間を犠牲にしてでも獣魔の世話を行うことが多く、生活も獣舎の近くで過ごすことがほとんどだ。

 アニマのようにゆっくり食事をすることなどほとんどできず、さらに外食など以ての外である。

 こうして街に繰り出しているアニマの姿を同じ獣魔師が見れば、いったい何をしているのだと疑惑の目を向けることだろう。


「あれ? アニマさんだー!」

「こんばんは、アニマ殿」

「リスターナさんに、スターラインさんじゃないか!」


 アニマと同じように街に繰り出していたエリリスとアンジェリカが声を掛けてきた。


「晩ご飯ですか?」

「そうなの! 私はお肉が食べたいって言ってるんだけど、アンちゃんは野菜がいいって言い張るんだよ!」

「栄養バランスを考えて食べるのは当然です」

「お肉を食べてたら、いつでも元気が出るじゃないかー!」

「野菜も大事です!」

「「……ぐぬぬぬぬっ!!」」


 食べたいものが合わずに睨み合っている二人を見て、アニマは苦笑する。


「別に、同じのを食べないといけないわけじゃないんだろう? メニューが豊富なお店に行けばいいじゃないか」

「そうなんだけど、いつもは一人で食べることが多いから、そういったお店が分からないんだよー!」

「スターラインさんもそうなのかい?」

「……はい。恥ずかしながら」

「そうかい。……なら、私のおすすめのお店に一緒に行くかい?」


 アニマがそう提案すると、二人は笑みを浮かべながら何度も頷いた。

 その姿に思わず笑みを浮かべたアニマは、ついてくるように伝えて歩き出す。


「しかし、改めて思いますが、アニマ殿が大輪の花に加入してくれて、本当にありがたく思います」

「だよねー! トルソもルークもそうだけど、獣魔のみんなはアニマさんのことを本当に大好きだもんねー!」

「それは私のセリフですよ。リクルートさんに声を掛けてもらえなかったら、今頃はどこかで野垂れ死んでいただろうしね」


 どこに行っても、ビーストフォレスト出身の獣魔師が採用されているギルドしかなく、役立たずと追い出されたアニマを拾ってくれるところはなかった。

 アニマ自身も実力を理解しており、彼らよりも自分の方が凄いのだと胸を張って言うことなどできなかった。

 だからこそ、あちらから声を掛けてくれることなど、全く想像していなかったのだ。


「あの時は、すぐに飛びついたわね! もしリクルートさんが悪い人だったら、私は騙されていただろうね!」

「しかし、どうしてアニマ殿ほどの実力者が、役立たずなどと言われていたのですか?」

「だよねー。全く、全然、これっぽっちも、理解できないよねー」


 そこに関しては、ビーストフォレストという特殊な環境がものを言うのだろう。

 大きく、強い個体を獣魔にできる者こそが、実力の高い獣魔師であると言われている。

 小さく、弱い個体しか獣魔にできない者は役立たずであり、邪魔でしかなかった。


「当時の私は、数を従えることができても、小さくて弱い個体ばっかりだったから、仕方がないんだよ」

「数の暴力、という言葉もあるんですけどね」

「スタンピードとかだよね!」


 魔獣が狩られることなく、際限なく数を増やし、縄張りから溢れ出し人里になだれ込むことを、スタンピードと呼んでいる。

 100や200以上の数の魔獣が押し寄せてくることから、犠牲失くしてスタンピードを抑えることはできないとも言われている。

 それだけの数を獣魔として調教することはできないまでも、弱い個体でも数が揃えば脅威になることを、二人は重々理解していた。


「まあ、昔のことを言っても仕方ないさ! 今は十分に幸せだからね! さあ、到着したよ!」


 話をしている間に、アニマがおすすめする店に到着していた。

 そこは、グレイズも通い詰めている酒場だった。

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