第19話:新人育成⑧

 その後、役所の人間や憲兵も現場に駆けつけて死体の処理を行うことになった。

 グレイズたちを襲ってきたのは懸賞金が掛けられていた野盗だったようで、憲兵からはとてもありがたがられてしまった。


「んで、その懸賞金が俺の手元に届いたってことですかい?」

「そういうこと。よかったね、グレイズさん!」


 そして、役所からは懸賞金として中銀貨5枚が送られている。

 一般的な成人男性の一ヶ月の給金が中銀貨2枚から3枚とされており、5枚は結構な額になる。


「しかし、本当に俺が貰っていいんですかい?」

「当然だよ。でも、もしグレイズさんが良かったら、ライナー君とシェリアちゃんにご馳走してくれたら嬉しいかなって思ってるよ」


 フェリシアはウインクしながらそう口にすると、グレイズはニヤリと笑って頷いた。


「まあ、それが一番の使い方ですかね。ついでに、装備も一式買い与えてやりますか」

「あっ! それは大丈夫。装備はギルドから経費として出すからさ」

「そうですかい?」

「これはみんなにやってることだからね! ……まあ、退団したメンバーにもやってたことだしー」


 そこでやや落ち込んでしまうまでがフェリシアだと、グレイズは苦笑しながらその頭を乱暴に撫でた。


「ふぎゃ、ふぎゃ~。髪の毛がぁ~」

「がははははっ! まあ、そう言ってくれるなら、俺はご馳走だけにしておきましょうかね! 近々、金を使う予定もあったし、助かりやすよ」

「えっ? 珍しいですね。グレイズさんがお金を使う予定があるだなんて」

「まあ、ちっと必要な物がありやしてね。それじゃあ、俺はこれで失礼します」

「あ、うん。二人のこと、よろしくお願いしますね」


 机の上の中銀貨を握りしめたグレイズは、笑みを浮かべながらフェリシアの部屋を後にした。

 しばらくして、窓からはグレイズの後ろを嬉しそうに歩くライナーとシェリアの姿を見つけ、フェリシアは笑みを浮かべるのだった。


 ◆◆◆◆


 ――場所は変わって、一件の酒場。

 グレイズがライナーとシェリアを伴い、食事をご馳走すると寄った店だ。


「あの、僕もシェリアも、お酒は飲めないんですが」

「ここの飯は他と比べて美味いんだよ! だから、ここに誘ったんだ!」

「はいよ! お待ちどうさん!」

「……グレイズ師範は、お酒を飲まれるんですね」

「そりゃそうだろう! せっかくのご馳走を前にして、酒を飲まずにいられるかってんだ!」


 豪快に笑うグレイズとは異なり、ライナーとシェリアは苦笑を浮かべている。

 しかし、いざ食事を始めると言われた通り、料理はどれも美味であり、手が止まらなくなってしまう。


「うんうん、若い奴らはこれくらい食べないとな!」

「ありがとうございます!」

「どれも、とっても美味しいです!」

「あら! そちらのお嬢ちゃんは嬉しいことを言ってくれるじゃないかい!」


 店の女主人がグレイズに負けないくらい豪快に笑い、テーブルの横を歩いていく。


「さて、そろそろもう一人が来る頃間と思うんだが……」

「「もう一人、ですか?」」


 顔を見合わせて首を傾げた二人だったが、グレイズの言った通りに店の入口から見知った人物が姿を現した。


「おぉーい! こっちだ、ヴィッジ!」

「「ヴィ、ヴィッジ様!?」」

「……遅くなりました」


 幹部に声を掛けられることはあれど、ヴィッジは魔獣狩りに出ていることが多く、ギルド本部でも顔を合わせることが少ない。

 また、グレイズが指導の中でヴィッジの名前が時折出てくることから、二人にとって、特に剣を扱うライナーにとっては幹部の中でもあこがれの存在になっていた。


「あの、俺までご馳走になってしまって、いいんですか?」

「当然だろう、遠慮するんじゃないぞ!」

「あ、あの、お疲れ様です!」

「お疲れ様でちゅ!? ……です」

「……ふふ、お疲れ様」


 噛んでしまい恥ずかしそうに下を向いていたライナーの肩をポンと叩きながら、ヴィッジがその隣に腰掛ける。

 あまり笑わないヴィッジが笑ったことに、顔を上げたライナーも、シェリアも驚いていた。


「あの後、医者に診てもらったら、もう少し治療が遅かったらちょっとだけ危なかったらしい」

「ちょっとだけですか」

「あぁ、ちょっとだ。だからまあ、助かったよ」

「……実際、俺は何もしていませんよ?」

「だから言っただろう? 遅くなったら、ちょっとだけ危なかったって。お前とヤタのおかげで、危険にならなかったってことだよ」

「……こじつけですね」

「だろう? 酒でいいか?」

「……はい」


 グレイズが女主人に酒を注文し、運ばれてくると改めて乾杯をすることになった。

 音頭を取るのは、まさかのヴィッジである。


「こういうのは、グレイズさんの役回りでは?」

「まあまあ、お前が話すのを楽しみにしている奴もいるし、いいじゃねえか!」

「……!」


 そこでライナーと目が合い、ヴィッジはため息をつきながらもグラスを持ち上げた。そして――


「…………乾杯」

「「乾杯!」」

「それだけかよ!」


 グレイズのツッコミはあったものの、その日の食事はとても楽しい時間になったのだった。

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