第18話:新人育成⑦

 ヤタに跨り空から捜索しているヴィッジは、必死になってグレイズたちを探していた。


「くそっ! どうして見つからないんだ、どうして!」


 ヴィッジは、心の中でずっと後悔していた一年以上前の出来事のことを思い出していた。


 ――あれは、ヴィッジがまだ末端のギルドメンバーだった頃。

 幹部だったグレイズはヴィッジを含めた三名のギルドメンバーを率いて魔獣狩りに出ていた。

 当時から頭角を現していたヴィッジは、グレイズに良いところを見せたいと張り切っており、魔獣を見つけるといの一番で飛び出しては剣を振るった。

 グレイズもヴィッジを気に入っており、厳しく接することもあったが、良い時にはとことん褒めることをしていた。

 そんなヴィッジのことを、他のギルドメンバーは良く思っていなかった。

 特に、同時期に加入したギルドメンバーは、ヴィッジと自分の何が違うのか理解できず、事あるごとに衝突を繰り返していたのだ。

 そのことに気づいていたグレイズは、ヴィッジとギルドメンバーの仲を良くするために、あえて衝突の絶えない人選にしていた。

 危険の中であれば、嫌でも声を掛け合わなければならなくなり、そこから関係が少しでも修復できればと考えたのだ。

 しかし、そんな時に事件は起きてしまった。

 斥候をヴィッジと一人のギルドメンバーが担当していた時である。

 ヴィッジが担当している範囲で魔獣の見落とした起きてしまった。

 そのことにグレイズは気づいていたが、後ろからもう一人の斥候役を見て、そちらは気づいていると判断した。

 実際に、もう一人の斥候役はヴィッジの見落としに気づいてた。ここで声掛けがあれば、問題は起きずに魔獣は討伐されていただろう。

 だが、ヴィッジのことを良く思っていなかった斥候役は、声を掛けるどころか、魔獣が飛び出すようにわざと物音を立てて威嚇してしまった。

 音に驚いた魔獣は驚き、反射的に一番近くにいたヴィッジに襲い掛かった。

 咄嗟のことに反応が遅れたヴィッジは、死を覚悟していた。

 だが、訪れるはずの死は一向に訪れることなく、代わりに優しい声音が鼓膜を震わせた。


『――おいおい、ヴィッジ。何を諦めてんだい?』


 声の方へ顔を向けると、快活な笑みを浮かべたグレイズが立っており、襲い掛かってきた魔獣は胴体を両断されて地面に転がっていた。

 だが、転がっている魔獣の口の中から、見えてはいけないものが見えてしまった。


『……ぁ……ぁあっ! グレイズさん、う、腕があっ!?』


 魔獣の口の中から見えていたのは、食いちぎられたグレイズの左腕だった。


『これくらい、どうってことねえよ。それよりもな、ヴィッジ――』


 そして、頭を撫でられながら、フェリシアを信じろと笑いながら言われた。

 その後、正気に戻ったギルドメンバーと共にアルカンダリアに戻ってきたグレイズたちだったが、グレイズはその時の怪我が元となり現役を引退したのだ。


「――今の俺なら、グレイズさんを守れるだけの力があるんだ。だから、絶対に無事でいてください!」


 自分が感じている不安を振り払うため声に出した時、遠くの方で何かの音が響いてきた。

 ヤタを空の上で留まらせ、音の方へ聞き耳を立てる。


「……これは……戦闘音か! ヤタ、あっちだ!」

「ギュルララアアアアッ!」


 大きく翼を羽ばたかせたヤタは、全速力でヴィッジが指示した方向へと進んでいく。

 すると、森の中で金属がぶつかり合う激しい音がはっきりと聞こえてきた。そして――


「うらうらうらうらああああっ! てめえら、隻腕だからってなめんじゃねえぞこらあっ!」


 グレイズの怒声が、金属音以上にはっきりと聞こえてきたのだ。


「グレイズさん! ヤタ、急いでくれ!」

「ギュルララアアアアッ!」


 高度を徐々に下げながらも全速力で飛行したヤタから、ヴィッジはタイミングを見計らって飛び降りた。

 枝葉を吹き飛ばしながら、地面を蹴って前方に転がり着地すると、そこから全速力で走り出す。

 金属音ということは、魔獣が相手ではなく、人との戦闘を強いられている可能性が高い。

 野盗か、大輪の花を妬む輩の可能性だって少なくない。

 グレイズの実力を知っている者であれば、それなりの実力者が刺客として送られているかもしれなかった。


「グレイズさん!」


 ヴィッジが駆けつけると、すでに戦闘は終わりを迎えていた。

 地面に転がっているのは十人を超える数の襲撃者。

 目の前には傷を負っているものの、五体満足でいるライナーとシェリア。

 そして、襲撃者と二人のちょうど間で大剣を構えているのが――


「おう! どうしたんだ、ヴィッジ?」

「……グレイズさん。無事で、よかった」


 背中越しに振り返り、豪快な笑みを向けてくれたグレイズ。


「なんだ、心配してくれたのかい?」

「……その、えっと」

「がははははっ! まーだ俺の左腕のことを気にしてるのか?」


 ゆっくりと歩き出したその体には、少なくない傷を負っている。

 それでも笑みを絶やすことなくヴィッジの前までやって来たグレイズは、あの時と同じように右手で頭を乱暴に撫でた。


「お前は強いよ。だからよ、今度はちゃーんと、助けてくれよな!」

「……もちろんです。今の俺は、あの時のグレイズさんよりも強いんですからね?」

「おっ! すげえ自信じゃねえか。こりゃあ、その時が楽しみだな! ……っと」


 声を出して笑おうとした時、グレイズの体がふらりと揺れた。


「グレイズさん!」

「おっと……すまんねぇ、ちょいとばかし、血を流し過ぎたみたいだ。ライナーとシェリアも無事だな」

「す、すみません、師範!」

「私たち、何もできなくて……」

「気にすんじゃねえぞ! 外に出ていきなりこれだ、何もできなくて当然だからな!」


 ヴィッジに支えられながらも、グレイズは変わらず豪快に笑った。

 そして、遅れてやって来たルカたちと合流すると、獣魔に跨り先にギルド本部へと戻っていく。

 グレイズを乗せているのは、ヤタだ。

 そして、一緒に跨っているのは、当然ヴィッジである。


「……大きくなったじゃねえか」

「……ありがとうございます」


 二人の会話はそれで終わった。

 しかし、たったそれだけでも、ヴィッジの中で何かが変わったことは確かだった。

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