第16話:新人育成⑤
ライナーとシェリアの初めての依頼は、ちょっとした問題はあったものの滞りなく完了された。
さらに、役所からは落書きの頻度が少なくなったという報告があり、二人には通常よりも多くの報酬が与えられることになった。
「あれは、僕たちがやったわけじゃないんですけど」
「グレイズ師範のおかげでは?」
「俺はただ怒鳴っただけだ。これは、お前たちが貰っておけ」
快活に笑ったグレイズに、二人は顔を見合わせると苦笑してから頷いていた。
翌日からはグレイズにライナーとシェリアの三人で依頼を受けることになった。
というのも、グレイズからルカに報告がいき、三人について行かないようにと厳しく言い渡されてしまったからだ。
「……だって、暇だったんだもん」
「だからと言って、他のメンバーに迷惑を掛けていいわけではないでしょう」
「そ、そうだけどさぁ」
机に頬杖を突きながら、フェリシアはふてくされている。
今はルカが相手してくれているが、昼には魔獣狩りに出かける予定になっているし、エリリスとヴィッジも同様だ。
アンジェリカだけはギルド本部に残っているが、予定が詰まっていると朝から動き回っている。
このままではまた暴走しかねないと思ったルカは、一つの提案を口にした。
「今日はハウザーさんが戻ってくるから、話を聞いてみてもいいんじゃないの?」
「えっ? あっ! そっか、そうだったね! ってことは、アンジェリカの予定もハウザーさん案件かな?」
「だと思うわ」
となれば、ギルドマスターの許可が必要となる話も出てくるだろう。
「そうと分かれば、善は急げね!」
「えっ? あ、ちょっと、フェリシア?」
「アンジェリカのところに行ってくるね!」
部屋を飛び出したフェリシアの足音が遠ざかっていく。
「……ここ、あなたの部屋なんだけど?」
主がいなくなった部屋の中で、ルカは顔を手で押さえながらため息をついたのだった。
アンジェリカを探してギルド本部を動き回っていたフェリシアだったが、先にハウザーを見つけてしまった。
「あっ! ハウザーさん、お帰りなさい!」
「おや、マスター。ただいま戻りました」
ニコリと微笑むハウザーを見て、無事に帰ってきたんだと安堵する。
「アンジェリカからのお願いはどうでしたか?」
「問題なく。その件でマスターにも話を聞いてもらいたいことがあるのですが、アンジェリカ様は?」
ギルド本部の入口で話をしていると、外の方から別の声が聞こえてきた。
「お帰りなさい、ハウザー殿。それと、マスターはどうしたのですか?」
「あっ! いたいた、アンジェリカ!」
外から戻ってきたアンジェリカに、フェリシアは笑顔で駆け寄っていく。
ハウザーは笑みを返してからゆっくりと歩み寄り、お願いについての報告があると告げた。
「そうですか……でしたら、マスターの部屋がいいでしょうね」
「よろしいですか、マスター?」
「いいよ! 行こう、アンジェリカ、ハウザーさん!」
楽しそうに歩き出したフェリシアを追い掛けるように、二人も歩き出す。
向かう途中、ルカとすれ違い手を振ったフェリシアだったが、何故かため息をつかれてしまい首を傾げる。
「お疲れ様です、ハウザーさん」
「ルカ様もお疲れ様ですね」
「ルカ殿、本当に、ほんっとうに、お疲れ様です」
「……えっ? あれ、そういう反応なの?」
振り返ったフェリシアがジト目を向けているが、三人とも全く意に介さずにやり取りを終わらせてしまった。
「どうしましたか、マスター?」
「先に行きましょう、アンジェリカ様」
「……私、ギルマスだよね?」
「もちろんよ、フェリシア」
ルカは三人に会釈して離れていき、アンジェリカとハウザーは先に歩き出す。
その場に立ち尽くしていたフェリシアは、大きく肩を落としながら部屋へと向かった。
アンジェリカからハウザーに渡された紙には、二つのお願いが記されていた。
一つ目は新人であるライナーとシェリアの身辺調査。
二つ目は大輪の花を探る人物を探ること。
何故このようなお願いを事務員でありハウザーに依頼したのかは、彼のスキルが大きく関わっている。
「まずはライナー君とシェリアさんの身辺調査についてですが、問題ないですね」
「そっか! それじゃあ、グレイズさんから許可が下り次第、正式なギルドメンバーとして採用しましょう!」
「問題はないと思っていましたが、裏付けが取れると安心しますね」
フェリシアとアンジェリカが胸を撫で下ろしている姿を見て、ハウザーはいつもの微笑みを浮かべる。
しかし、次の報告からは少々きな臭い話になってきてしまった。
「それと、大輪の花を探る人物についてですが……アルカンダリア内のギルドと、外からのギルドと、二通りいましたね」
「そうなんですか? どうしてみんな、そんなことをするんだろうね?」
「ギルドメンバーのレベルの上がり方が異常に早いからですよ、マスター」
「まあまあ、アンジェリカ様。一応、そちらの処理は私の方でしておりますから、ご安心いただければと思います」
「いつもごめんね、ハウザーさん」
「いえいえ、これも私の仕事の一つですから」
ハウザーのスキルは影移動という、固有スキルの一つである。
影の中に出入りすることができ、影の中を移動することもできる。
大輪の花へ加入した当初は他のメンバーと同様に魔獣討伐もこなしていたのだが、隠密系のスキルをより活かそうという話になり、表に出ない裏方の仕事に就いてもらっていた。
そして、身辺調査や内密に動いてもらいたい時には、大輪の花の隠密として動いてもらっている。
「それで、ハウザーさん。処理はしたって言ってたけど、具体的にはどうしたの?」
「……それを聞きますか、マスター?」
「……やっぱり、遠慮しておきます」
幹部には及ばないものの、ハウザーもレベル40と高い実力を有している。
そこに隠密性が備われば、大抵の相手には負けることなどあり得ない。
「では、私は不在の間に溜まった仕事を終わらせたいと思いますので、この辺で」
そう言って部屋を後にしたハウザーは、最後までいつもと変わらない微笑みを浮かべていたのだった。
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