第15話:新人育成④

 フラッグに依頼を受理してもらったフェリシアたちは、その足で依頼主の元へと向かう。

 一つ目の依頼は屋敷の庭の手入れで、依頼主は高齢の老夫婦だ。

 先ほどのグレイズの話ではないが、子供と暮らしていた頃は手入れもしてくれていたのだが、自立し家を出たことで手が行き届かなくなってしまった。

 家を出た当初は頻繁に顔を出してくれたのだが、それも二年も前の話である。

 今となっては一年に数回顔を出す程度となり、毎日過ごしている家の中ならいざ知らず、あまり立ち寄らなくなった庭となると自分たちでは手入れができずにいた。


「こんなことをギルドに依頼してしまって、すまないねぇ」

「儂が元気ならよかったんじゃが、腰をやっちまってからは、庭の手入れがのぅ」

「いいんですよ、これくらい。それに、うちの新人にはちょうどいい依頼ですから!」

「「「よ、よろしくお願いします!」」」

「……なんでフェリシア嬢まで頭を下げてるんだ?」

「……な、なんとなく?」

「……はぁ」


 苦笑いのフェリシアに、グレイズはため息をつく。

 だが、ライナーとシェリアはきびきびと動き始め、庭の掃除から始めていた。

 その間、グレイズは二人の動きを監視しながら、時折効率の良い動き方を伝えている。

 そして、フェリシアはというと――


「おやおや、それでは、お嬢ちゃんがギルドマスターなのね?」

「新人の動きを確認しに来たというわけじゃな?」

「いやいや、そういうわけじゃないんですけどねー、あははー」


 老夫婦が出してくれたお茶をすすりながら、話し相手になっていた。

 その様子にライナーとシェリアは困惑しているものの、グレイズは笑みを浮かべながら再び指示を出し始める。

 何故グレイズが笑みを浮かべたのかというと、個人が依頼主である依頼の場合、その者に好印象を持ってもらうのが大事になってくる。

 依頼を完璧にこなすのはもちろんだが、フェリシアが話し相手になっているように、依頼主にも気を配る必要があるのだ。

 依頼主がこちらの仕事を放置してくれればそれでいいし、今のように見に来ているのであれば相手をするのも仕事の一つになってくる。


(後で、ライナーとシェリアにも伝えておくかね)


 今回はフェリシアが暇を持て余しており、老夫婦がフェリシアとの会話を楽しんでいるから何も言わなかった。


 ライナーとシェリアは掃除を終えると、そのまま木の散髪まで行う。

 ここではライナーが積極的に老夫婦に声を掛け、どのように散髪した方がいいかを相談しながらの作業となった。

 そして、昼前には全ての作業が終了し、老夫婦は大満足で依頼書に完了のサインをしてくれた。


「よかったら、お昼ご飯を食べていきませんか?」

「いつも二人でも食事じゃったから、賑やかに食べたいんじゃよ」


 老夫婦からの提案に顔を見合わせると、フェリシアたちは笑顔で頷いた。

 そして、楽しい昼ご飯を終えるとお礼を口にしてから、老夫婦の屋敷を後にした。


 二つ目の依頼は役所から出されている壁の落書き消しだ。

 場所は外壁の内側で、人の多い中央から離れている分、悪戯がされやすい場所になっている。

 定期的に落書きを消しているものの、その度に新たな落書きがされてしまい、役所としても困っている案件だ。


「グレイズさんが悪ガキどもに一喝したら、収まるんじゃないですか?」

「それで解決できるなら、苦労はしませんぜ」

「で、ですが、師範の怒鳴り声は、とても恐ろしいですよ?」

「私も、お兄ちゃんと同じ意見です」

「……俺、そんなに怖かったですかい?」

「「はい! とっても!」」


 何故か元気よく返事をされてしまったグレイズは、内心で落ち込んでしまった。


「なら、悪ガキを発見したら、グレイズさんが一喝するでいきましょう!」

「いやいや、俺たちの依頼は落書きを消すことであって、悪ガキを注意することじゃないんですぜ?」

「でもさ、これで落書きをする子がいなくなったら、役所からありがたがられるでしょう?」

「恩を売っても、何も出さないですぜ?」

「それでもよ」


 そんな会話をしながら進んでいると、現場である外壁の内側に到着した。

 壁には悪口と思われる言葉から始まり、何かを描いたものと思われる落書きもあったが、フェリシアたちには何を描いたのかさっぱり分からない。

 中には卑猥な言葉も含まれていたので、その部分はライナーが引き受けることにした。

 今回の依頼は、役所から落書きを消すための道具が準備されており、落書きの上からペンキを塗り直すだけの作業となる。

 荷物を降ろして作業を開始した二人だったが、この場にやって来た時から感じる視線が気になっていた。


「グレイズさんは手伝わないんですか?」

「これは二人が受けた依頼ですからね」


 視線に気づいていないのはフェリシアだけで、グレイズは何となく苦笑を浮かべてしまう。

 その表情に首を傾げたフェリシアだったが、視線の主がバレていないと思い、ゆっくりと近づいてきていたのだ。そして――


 ――ガシッ!


「うわあっ!?」

「えっ? な、なにっ!?」

「てめえ、うちのギルマスに何してくれてんだあ?」


 フェリシアに悪戯をしようと伸ばされた少年の手を、グレイズの右手ががっしりと掴んでいた。


「……あの……その……俺は、何も」

「この落書きはてめえがやったのか? あぁん?」


 強面であり大男、さらに隻腕となれば、グレイズを知らない子供が怖がらないわけがない。


「ご、ごごごご、ごめんなさああああいっ!」

「仲間にも伝えとけえっ! これ以上落書きするようなら、これくらいじゃ済まねえってなあっ!」

「は、はいいいいいいいいっ!!」


 手を放した瞬間からものすごい勢いで逃げていった少年の背中を見つめながら、フェリシアが一言。


「……えっ? 私、何かされそうになってたの?」


 その瞬間、グレイズだけではなく、ライナーとシェリアからもため息が漏れたのだった。

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