第11話:討伐依頼⑥

 アルカンダリアの役所では、一人の大男がギルド窓口で喚き散らしていた。


「てめえ! ブラックギャングがあんなに強いなんて聞いてねえぞ! こっちの被害をどうしてくれるんだ!」

「お、落ち着いてください、ルシウス様! いったい何があったのですか? ギルドメンバーはどうしたのですか?」


 ギルドメンバーを見捨てて逃げ出したルシウスは、ギルド窓口に何の説明もせずにただ暴言を撒き散らし、役所の落ち度だからと補償を求めている。

 だが、窓口の職員であるフラッグ・テンポも理由を聞かずに返事はできないと事情を伺っているのだが、一向に話は前に進まない。


「――説明なら、私たちがしてあげるわ」

「あ、あんたは!」

「おう! ルシウス、元気だったか?」

「た、大輪の花の、フェリシア様に、グレイズ様!」


 職員が助かったと言わんばかりの声を漏らし、ホッと胸を撫で下ろしている。

 というのも、剛毅の堅牢がブラックギャングの討伐依頼を受けた際、彼らだけでは不安だと大輪の花にも話を持っていったのが、現在対応している職員だったのだ。


「お疲れ様です、フラッグさん」

「な、なんでフェリシア様が、ここにいるんですか?」


 元所属ギルドのマスターだからか、フェリシアに対しては先ほどまでの勢いがない。


「剛毅の堅牢が南の森へブラックギャングの討伐に向かったでしょ? それで、大輪の花は元々ブラックギャングが縄張りにしていた西の森の調査に向かっていたんです」

「……なら、説明はできないよな? こっちは南の森、そっちは西の森だろ?」

「がははははっ! おいおい、何をそんなに緊張してるんだ、ルシウス? もしかして、ギルマスとしてやっちゃあいけないことをやった、とか言わねえよなぁ?」

「――! ……そ、そんなわけないだろう!」


 途切れ途切れで反論を口にしていたルシウスだったが、グレイズの指摘を受けて再び声を荒げ始めた。

 これではやってしまったと言っているようなものだが、その証拠がなければ態度が物語っていても、追及することは難しい。

 しかし、フェリシアはすでに手を打っていた。


「――ギルマスは、私たちを見捨てて逃げました!」

「て、てめえは!」


 役所の入口から声が響き全員がそちらに視線を向ける。

 すると、そこにはルシウスに見捨てられた剛毅の堅牢のギルドメンバーが怒りの表情を浮かべて立っていた。


「ギルマスは、ブラックギャングクイーンが出てきて、私たちが倒れた途端、逃げ出したんです!」

「俺たちは、囮にされたんだ!」

「アンジェリカ様がいなかったら、ここにいる全員が、殺されていたぞ!」


 剛毅の堅牢のギルドメンバーが怒号を響かせている中、その後ろからゆっくりとした足取りでアンジェリカが進み出てくる。

 その姿を見たルシウスは下唇を噛み、拳を握りしめる。


「マスター。南の森にいたブラックギャング、およびブラックギャングクイーンの討伐、完了いたしました」

「お疲れ様、アンジェリカ」

「おい! どうして俺のギルメンと一緒に、アンジェリカがいるんだ!」

「アンジェリカには、剛毅の堅牢のサポートをお願いしていたんです。ただ、表立って手助けをしては手柄で揉める可能性もあったから、必要であればと言い含めていたのよ」

「その通りよ、ルシウス・シールディ。あなたがメンバーと連携を取り、ブラックギャングクイーンを討伐できていれば問題はなかった。それなのに、あなたはやってはいけないことをやってしまった」

「黙れ! 俺は、逃げてねえ! 助けを呼びに来ただけだ!」

「先ほどまでは状況説明すらせずに、補償の話しかしていませんでしたよね?」

「そ、それは!」


 なおも言い訳を繰り返していたルシウスだったが、フラッグに対しての態度がここで裏目に出てしまう。

 視線をフラッグ、フェリシア、アンジェリカ、ギルドメンバーと順番に移していくと、その後方から別の人物が姿を現した。


「フェリシア。これはどうしたの?」

「ただいまー! フェリちゃーん!」

「ルカ! エリリス! 西の森はどうだった?」


 先んじてアルカンダリアに戻っていたルカとエリリスが役所にやって来たのだ。


「西の森にワーウルフが移動してきていました」

「私が倒したよー!」

「ワ、ワーウルフだと!?」


 ルカの言葉に、ルシウスだけではなく、ギルド関係者全員がざわついた。

 山一つ向こうに縄張りを持つワーウルフが何故、という疑問もさることながら、討伐ランクAの魔獣が現れたことへの恐怖が勝っている。


「う、嘘をつくな! ワーウルフがアルカンダリアの側の森に来るなんて、あり得ないだろう!」

「私たちが、嘘をついていると言いたいのですか?」

「当り前だ! 嘘をついて、過剰に報酬を手にするつもりなんだろう! そうだ、討伐証明はどうした!」

「ヴィッジがこれから持ってきます」

「ここにないじゃないか! なら、お前たちの言っていることは嘘に決まって――」

「問題をすり替えないでちょうだい、ルシウス君?」


 言葉を羅列しながら逃げ出そうとしていたルシウスだったが、そこにフェリシアが立ち塞がり、笑みを浮かべながらそう口にした。


「あなたはギルドマスターとして、ギルドメンバーを見捨てるというやってはいけないことをやってしまった。これは、消すことのできない事実よ」

「黙れ!」

「彼らの証言が証拠になるのだから、しかるべき処罰を受けなさい」

「黙れ!」

「それとも、この場にいる全員を殺してでも、逃げるつもりかしら?」


 最後の言葉に、ルシウスの顔は青ざめた。

 ギルドメンバーだけならまだしも、ここには大輪の花の幹部が三人も揃っている。

 ルシウスが暴れたところで、取り押さえられるのは目に見えていた。


「……なんで、こんなことに」

「ギルドメンバーを見捨てた時点で、あなたは終わってしまったのよ、ルシウス君」


 膝を付き、俯いてしまったルシウス。


 ――その後、剛毅の堅牢はギルド解散となり、ギルドメンバーは新たなギルドを探すことになった。

 大輪の花に入りたいと口にした者もいたのだが、騒動に関与した者同士ということで役所から加入の許可が下りなかった。

 そして、ルシウスはギルドマスターだけではなく、ギルドメンバーとしても活動することができなくなった。

 ひっそりと暮らすこともできただろうが、今回の騒動は多くの人の目に留まっており、ルシウスには様々な視線が注がれるようになる。

 そして、気づけばアルカンダリアから姿を消していたのだった。

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