第10話:討伐依頼⑤
エリリスは両手両足に特殊な武器を身に付けている。
まるで動物を思わせるような鋭いかぎ爪が付いたそれらは、エリリスの戦い方に合わせて作られた特注品で、名前をエリュフォーンという。
「ほらほらー! こっちだよーだ!」
『グルガアアアアッ!』
「あれれー? 当たらないよーだ!」
地面を蹴り、周囲の障害物をも足場にして高機動を実現させたその動きは、ワーウルフを翻弄していく。
「そちらにだけ注意を払うのはどうかと思うぞ!」
『グガアアアアッ!?』
動き回るエリリスにばかり気を取られていたワーウルフは、気配を消して背後から迫っていたヴィッジに気づくのが遅れ、背中を深く斬りつけられる。
苦悶の声を漏らしたワーウルフは強引に身を捻り拳を振り抜くが、すでにヴィッジは間合いを離脱しており空を切る。
そこへ間髪入れずにエリリスの両手のエリュフォーンが背中の傷をさらに深く抉るかのように食い込み、血肉が飛び出してきた。
『グガガガガッ!?!?』
「ほーら! こっちこっちー!」
「俺もいるぞ!」
終始二人がワーウルフを圧倒している中、ルカはその様子を冷静に分析していた。
(確かにワーウルフを圧倒しているけど、決定打には欠けているわね。私のフェリルドやアンジェリカの精霊魔法に比べて、二人は手数で圧倒するスタイルだから仕方ないけど)
手数を用いて圧倒し、削り切るのが二人の戦闘スタイルだ。
時間を掛けて倒し切ることができる相手ならば問題はないのだが、もし耐久力に優れた魔獣を相手にする場合であれば時間が掛かり、最悪の場合だと先にこちらの体力が尽きてしまうこともある。
ワーウルフ程度なら問題はないだろうが、決定打という点だけを見れば二人よりもワーウルフに軍配が上がるだろう。
(それに気になることもある。どうしてここにワーウルフがいるのかしら? もっと西の、それこそ山を越えた先に縄張りがあったはずなのに)
魔獣が縄張りの外に移動することは珍しくないが、縄張りを変えることはそうそうあることではない。
ブラックギャングがワーウルフに縄張りを追われたように、ワーウルフも何者かに縄張りを追われてきたのだとしたら。
(……西の森を抜けた山の向こう、そこで異常が起きている可能性が高いわね)
ルカの中で一つの結論が導き出された時、目の前の戦いでも変化が見えた。
『グルガアッ!』
「おっと! ……うーん、まだ動きが落ちませんね」
「もー、面倒くさいなあ! ヴィッジ!」
「はい!」
「申し訳ないけど、スキルを使わせてもらうよ!」
「えっ! ちょっと、待ってくださいよ!」
言うが早いか、エリリスが身にまとう雰囲気が一変する。
先ほどまではどこか穏やかな雰囲気をまとっていたエリリスだが、突如としてピリピリとした、それこそ空気が震えているような感覚に襲われてしまう。
「スキル――拳王!」
二つ名と同じスキルを発動させたエリリスは、まるでその場から消えてしまったかのような速度でワーウルフに飛び掛かった。
――ドンッ!
『……グガ……ガ…………ガ?』
「心臓、無くなってるよ?」
『…………ァァ…………ァ…………』
エリリスのスキルである拳王は、自身の身体能力を10倍にすることができる。
持続時間は5分間であり、一度使用すると24時間は使用できなくなるが、今まで一度として拳王を発動させて倒せなかった相手はいなかった。
今回も同様であり、ワーウルフの目の前に移動していたエリリスの右拳が、左胸を貫通して心臓を粉砕していた。
声を掛けられるまでエリリスにいることにすら気づかなかったワーウルフは、心臓が粉砕されたことを脳が理解すると同時に意識を失い、膝から崩れ落ちた。
「ふぅー! ルカちゃーん! これでいいかなー?」
「お疲れ様、二人とも」
「……はい」
血の付いた右手をブンブンと笑顔で振っているエリリスとは対照的に、暗い返事と似たような表情を浮かべているヴィッジ。
エリリスに手柄を取られたから、というわけではない。その理由も、副ギルドマスターであるルカは知っている。
しかし、ヴィッジの悩みはすぐに解決できるものでもなければ、時間を掛ければ解決できるものでもない。
「さて……どうやら、アンジェリカも終わったみたいね」
南の森の方へ視線を向けたルカが見たものは、金の光が空へと上っていく美しい光景だった。
「私たちはアルカンダリアへ戻りましょう。ヴィッジはワーウルフを解体してから戻ってきてください」
「了解しました、ルカ様」
「……エリリス、行きましょう」
「はーい!」
ヴィッジの様子が気になったルカだったが、今は一人の時間を作るべきだと指示を出し、エリリスと共にアルカンダリアへと戻っていった。
「……俺のスキルは、無意味すぎる」
エリリスのように使い勝手の良いスキルであれば、あの時にも彼を助けることができたはずだと、ヴィッジはいつも考えている。
今日だって、最後をエリリスに持っていかれてしまった。
幹部三人と自分ではあまりにも差がありすぎると、巨体に似合わず肩を落とすヴィッジなのだった。
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