第8話:討伐依頼③
――精霊魔法。
それは、人間でも魔獣でもない、世界に存在しているのかすら定かではない精霊に力を借りて放たれる強力な魔法のこと。
ひとたび放たれれば森を焼き、湖を蒸発させ、地形すらも変えてしまう。
だが、それは精霊を御しきれず、暴走させた場合の話だ。
アンジェリカは精霊王である。暴走させるなど、絶対にありえない。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、地の精霊。私に力を、貸してくれますか?」
『『『『――モチロン!』』』』
四重に重なり合って聞こえた子供のように甲高い声が、アンジェリカの耳に聞こえてきた。
笑みを浮かべ、そしてそれぞれの光が激しく輝き始める。
「火の精霊サラマンダー、邪魔な個体を一掃してください!」
『オレに任せてよ!』
アンジェリカの願いに快活な返事をしたサラマンダーが応えた。
赤の光が五つに別れると、全てが炎へと変わりブラックギャングを焼き払わんと扇状に広がりを見せる。
ブラックギャングクイーンを守ろうと盾になり、多くのブラックギャングが炭と化したが、それでもまだ多くの個体が群れを成していた。
「水の精霊ウンディーネ、雨の矢を降らせてください!」
『ワタシにお任せください!』
次に応えたのは、大人っぽさに子供の雰囲気を纏わせたウンディーネだ。
青の光が上空に広がると、一つひとつの光が雨に変わり、鋭い矢に変わり降り注ぐ。
ブラックギャングが傘のように水の矢を遮り、さらに数が減っていく。
「風の精霊シルフ、風の刃で切り裂いてください!」
『ボクがやっちゃうねー!』
今までで一番甲高い声でシルフが応える。
緑の光が大きくなると、風の刃を飛ばして草木を切り裂いて突き進む。
盾にするだけでは防げないと判断したのか、ブラックギャングクイーン自らも動いて風の刃を回避している。
「地の精霊ノーム、残る邪魔な個体を飲み込んでください!」
『オデ、頑張るー!』
一番低い声で応えたノーム。
翅を震わせ飛んでいるブラックギャングに効果的な攻撃を放てるのかと疑問に思うところだが、黄色の光が地面に消え、その下の地面が見上げるほどの高さまで一気に盛り上がる。
まるで土壁が倒れてくるかのように、ブラックギャングに大量の土砂が降り注いできた。
『キシャアアアアアアアアッ!』
「あら。部下が殺されて怒ったのかしら? でもね――もう遅いのよ」
残すはブラックギャングクイーン一匹になった。
耳をつんざく咆哮をあげたブラックギャングクイーンだが、アンジェリカはその姿を冷静に見据え、そして精霊に最後の願いを口にした。
「一撃で仕留めます。お願い、力を貸してください!」
『『『『これで、終わりだよ!』』』』
四色の光が一つに重なり、今までで一番激しい光に変わる。
金の光に変わり、放たれたのは七筋の流星。
「スターダスト!」
『キシャアアアアアア――!!』
劣勢になった途端、自らの体躯を活かして特攻を仕掛けてきたブラックギャングクイーンだったが、スターダストが直撃すると体に大きな穴が開く。
そして、残る六筋の流星も直撃したことで、その姿を完全に消滅させてしまい、最後の咆哮すらも途中で掻き消されてしまった。
「……ふぅ。精霊様、ありがとうございました」
『なんてことないぜ!』
『また、お呼びください』
『ボクのことも呼んでねー!』
『オデも、呼んでくれだなー!』
「もちろんです。よろしくお願いいたします」
アンジェリカが笑みを浮かべながらお礼を述べると、四色の光はクルクルと頭上で回りながら消えていった。
「……さて。後は、彼らを死なさないよう処置を施しますか」
死屍累々の様相を呈している剛毅の堅牢のギルドメンバー。
ここでアンジェリカは精霊魔法ではなく、通常の魔法である回復魔法を唱えた。
美しい白い光が倒れている剛毅の堅牢のギルドメンバーに降り注ぐと、浅い呼吸がゆっくりになり、全員の顔色がわずかながら良くなっていく。
「これだけの人数を運ぶのはさすがに無理があるわね。……ですが、そこはマスターが何とかしてくれるでしょう」
木々の隙間から覗く空を見やると、そこには青空には不釣り合いな赤い小さな点が旋回を繰り返しているのが見えた。
「さて、あちらはどうなったでしょうか」
赤い点が離れていくのを見送りながら、アンジェリカはルカたちが向かった西の森の方へ視線を向けるのだった。
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