第7話:討伐依頼②

 ――南の森に向かったアンジェリカは、ルークに跨り森の入口までやって来ている。

 周囲に人影はなく、剛毅の堅牢が人払いをしたのだろうと踏んでいた。


「まったく。森を破壊するのは止めて欲しいものだわ。それに、ルカ殿と同じ重戦士を名乗るのもね」


 そんな恨み節を呟きながら、アンジェリカは隠蔽の魔法を自分とルークに発動させる。

 これは精霊魔法の一つであり、周囲の風景に自らを紛れ込ませることができるもの。


「それじゃあ、行きましょうか、ルーク」

『ブルフフフフ!』


 小さく鳴いたルークの首を優しく撫でてから、アンジェリカは南の森に入っていった。


 いつもなら静かな森なのだが、今日に限っていえば怒号と爆発音が響き渡り、耳を塞ぎたくなるようなうるさい森になっている。

 怒号の主は剛毅の堅牢のギルドマスター、ルシウスのものだ。

 2メートルに迫るかという巨体に、身を守る分厚い筋肉と鎧が、自然と相対する者を威嚇する。

 ルカとは似ても似つかない重戦士ぶりに、隠れているアンジェリカはうんざりしていた。


「まだまだ来るぞ! 魔法部隊、放てー!」

「マ、マスター! これ以上は森が焼けてしまいます!」

「構うものか! ブラックギャングを討伐できれば、何も問題はない!」

「わ、分かりました!」

(相変わらず、自分本位で動いているのね)


 アンジェリカは戦場から少し離れたところで止まり、背後からルシウスを観察している。

 実を言えば、グレイズの指導に耐えられたのも、大きな体に秘められた圧倒的な体力があったからだ。

 そこをしっかりと磨き、鍛え上げることができれば、大輪の花を退団しても実力をつけることはできただろう。

 しかし、ルシウスは自らの実力を過信し、鍛錬を怠ったまま、退団した時の実力のままにここまで来てしまったのだと、アンジェリカは見抜いていた。


(あの頃から、全く成長を感じられないわね)


 ルシウスの成長によっては、ちょっと痛い目に遭った時点で助け舟を出そうかと考えていたが、気が変わった。

 アンジェリカはしばらくの間、剛毅の堅牢とブラックギャングの戦いを見守ることにした。


「マスター! 来ます!」

「きゃああああっ!」

「数が、多過ぎて――ぐがああああっ!」

「……くそったれが! てめえら、どけえっ!」


 ギルドメンバーが倒れていく姿に苛立ちを隠せず、ルシウスは前に出て背負っていた鉄鎚を握りしめる。


「ザコが、いい気になるんじゃねえぞおおおおっ!」


 振り下ろされた鉄鎚が地面を砕くと、ルシウスのスキル――破城が発動する。

 砕かれた地面からは無数の土の杭が飛び出し、それがルシウスの正面へと延びていく。

 土の杭がブラックギャングを打ち抜き、砕き、破砕させていく。

 群れで動くことが多いブラックギャングの大半が破城によって殲滅されたことで、剛毅の堅牢が立て直す時間を稼ぐことができた――が、これは悪手だとアンジェリカは判断していた。


(ブラックギャングは確かに群れで行動するけど、群れのボスは最後方で隠れていることが多い。ここで一発逆転のスキルを使うだなんてね)


 スキルは強力であるものの、何度も使えるものではない。特に固有スキルであれば、使用に制限があるものも多い。

 ルシウスの破城であれば、一度使用すると12時間は使えなくなるという制限が設けられている。

 それでも、破城によって剛毅の堅牢が押し返し始めたのも事実だ。

 このまま何もなければアンジェリカの出番は無いはずだったが、アンジェリカの懸念が的中したのか、一匹の巨大なブラックギャングが現れたことで形勢は逆転する。


「な、なんだよ、あれは……」

(ブラックギャングのボス――ブラックギャングクイーンね)


 ブラックギャングを率いている個体には二種類あり、その大半はブラックギャングの中でも強い個体が率いるものだ。

 しかし、稀にブラックギャング全体を率いている個体が現れることがあり、それこそが今回のブラックギャングクイーンである。

 黒一色ではなく、点々と赤色が斑に交ざっている。

 ブラックギャングクイーンに統率されたブラックギャングは、通常よりも素早く動き、まるで知性を持っているかのような行動を見せる。

 そう――目の前の出来事のように。


「止めろ! 来るな、来るな! ぐぎゃああああああああっ!」

「……は、離れろ!」

「今度はこっち! 嫌、来ないでよ――きゃああああああああっ!」

「……なんで……なんで、一人を狙って攻撃してくるんだよ! 魔法部隊、火はどうした!」


 後ろを振り返ったルシウスだったが、そこに指示を出したはずの魔法部隊は立っていなかった。


「……全員、死んでる、のか?」


 そこには、声も発せずに倒れている数名のギルドメンバーの姿があった。


(麻痺毒を刺されたのね。……これ以上は、さすがにマズいか)


 ルシウス自身が痛い目に遭っていないことに不満はあったものの、それを待っていては死人が出てしまうとアンジェリカは助け舟を出すことを決断する。

 だが、その前にあり得ないことが起きてしまった。


「……い、嫌だ……俺は、死にたくないんだよおっ!」


 ルシウスは、傷を負い、苦しみ、倒れているギルドメンバーを見捨てて、その場から逃げ出してしまったのだ。


(…………本当に、腐っていますね!)


 ルシウスの姿が見えなくなったのを確認したアンジェリカが隠蔽の魔法を解くと、ブラックギャングクイーンがそれに気づいて警戒心を強めてきた。


「言っておきますけど、誰も死なせはしないからね?」

『…………キシャアアアアアアアアッ!』


 右手を前に突き出すと、何もない空間から四つの宝玉が先端に嵌め込まれた杖エーテルハイロッドが現われた。


「精霊王、アンジェリカ・スターライン――参ります!」


 アンジェリカの頭上には赤、青、緑、黄の四色の光が顕現し、精霊王と呼ばれるに至った、アンジェリカにしか使えない強力な魔法が発動された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る