第4話:大輪の花③
グレイズたちと別れた二人は、ギルド本部を出て裏手に回る。
そこには複数の獣魔が飼われており、一人の豊かな胸を持つ女性が獣魔たちの世話をしていた。
「やっほー! アニマさーん!」
「おや? リクルートさんじゃないか。まーたこの子たちと遊びに来たのかい?」
「えへへー。そうなんだー」
振り返ったアニマ・トットニーの下に、フェリシアが小走りで近づいていく。
「スターラインさんもかい?」
「いえ。私はマスターの見張りを」
「……み、見張りって、アンジェリカ」
「あはは! 確かに、スターラインさんの方がしっかりしているからね!」
「ぶー! 私の方がお姉さんなんですよ、アニマさん!」
フェリシアが30歳、アンジェリカが25歳。
年齢で見れば確かにフェリシアの方がお姉さんなのだが、小さな体で両手をブンブンと振っている姿を見ると、すらりと背の高いアンジェリカの方がお姉さんに見えなくもない。
そして、しっかりしているか、していないかで問われると、アンジェリカの方が明らかにしっかりしているのだ。
「まあまあ、興奮しなさんなって。ほら、ルークが寄ってきてくれたよ?」
「おおぉぉぉぉっ! ルーク、私を慰めに……来て……あ、あれ?」
茶色い毛並みが美しい馬の獣魔ルークは、フェリシアではなくアンジェリカの隣に寄り添うように立ち止まった。
「うふふ、可愛いわね、ルーク」
「ブルヒヒヒーン!」
「まあ、ルークはスターラインさんに懐いてるからね。仕方ないんじゃないかしら?」
「……おおおおぉぉっ! 私の、癒しがああああぁぁっ! モフモフがああああぁぁっ!」
アニマは大輪の花で獣魔師として活躍している。
本来であれば狩りの対象となる魔獣を使役し、自らの獣魔とする。
腕の良い獣魔師ほど、獣魔に命令を聞かせることができるのだが、アニマはトップクラスの実力を誇る獣魔師だった。
だからこそ、自分ではなく他の者に獣魔が懐くという現象が生まれている。
「残りは調教中の子だけだから近づけられないし、リクルートさんはフェニクスで癒されるんだね!」
「だって、フェニクス、鳥かごを開けると、すぐに逃げようとするんだもん。モフモフできないんですよー!」
「それがフェニクスの仕事ですからね。仕方ありませんよ」
「ぐぬぬっ! ルークをモフモフしながら言われても、説得力がないわよ、アンジェリカ!」
「説得云々ではなく、事実ですから」
「……アニマさ~ん! アンジェリカが酷いよ~!」
アンジェリカはルークの毛並みを堪能しながら笑顔でそう口にした。
言われるがままだったフェリシアがアニマに抱きつくと、アニマも仕方なさそうに頭を撫でている。
ここまで威厳のないギルドマスターが他にいるのだろうかと心配になるアニマだったが、やはりフェリシアのことを理解していることもあり納得顔だ。
「ほらほら、そんなことをしてたら、ヤタが帰ってきたみたいだよ?」
「ふえあ?」
アニマの豊かな胸から顔を上げると、空から大きな翼を羽ばたかせながら、黒い影がゆっくりと牧場に下りてきた。
大きな鳥の獣魔であるヤタの毛並みは真っ黒であり、その背にはヴィッジが跨っている。
「あれ? マスターにアンジェリカ様、どうしてこちらに?」
「マスターが業務を放り出して癒しを求めていたので、見張りとして」
「……その割には、アンジェリカ様の方が癒されてませんか?」
「ルークの気持ちの問題ですから」
「あぁ、そういうことですか」
鐙から下りたヴィッジが納得したように呟くと、フェリシアが真っすぐにヤタへと突進していく。
「ヤーター! モフモフさせてー! 私を癒してちょうだーい!」
「グギュルルルルッ!?」
「……ヤタ、頼む」
「……ルルゥ」
「ふわっはー! ……あぁ、モフモフだぁ」
アニマが面倒を見ている獣魔は全てが美しく、肌触りの良い毛並みをしている。
もし、アニマが大輪の花を退団したいと申し出たとしたら、フェリシアは全力を持って止めることを考えていた。
「……なあ、マスター」
「……モフモフ?」
「それ、返事ですか? そろそろヤタが嫌がってるから、解放してくれませんか?」
「……キュルルゥゥ」
「えぇっ!! も、もう終わりなの!?」
「はいはい、さっさと部屋に戻って仕事をしてください」
「ア、アンジェリカはルークで堪能したじゃない! 私もヤタで――」
「行こう、ヤタ」
「キュルルルルー!」
「あぁっ! 私の時よりも楽しそうな鳴き声ね!」
「ヤタはヴィッジに懐いてるからね、仕方ないさ!」
アニマが笑いながら、アンジェリカとヴィッジは頭を抱えながら、フェリシアを見ていた。
「……フェ、フェニクス~!」
――そして、数分後にはフェニクスが鳥かごを飛び出して外に飛んで行ったことは、言うまでもない。
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