第3話:大輪の花②
仕事に出掛けたルカだが、ギルドの仕事は多岐にわたっている。
魔獣の討伐だったり、役所からの依頼だったり、拠点にしている都市の住民からの依頼だったり。
住民からの依頼には雑用が含まれることもあるが、新興ギルドはそういったところからこなしていき、評価を高めて、大手ギルドへと成長していく。
ギルド自体は役所にギルド窓口があり、そこで設立申請や依頼のやり取りを行っている。
「ルカ殿は魔獣狩りですか、マスター?」
「そうだねー。この辺りにはルカが苦戦する様な魔獣もいないけどねー」
フェリシアはアンジェリカからの報告を聞きながら、机に頬杖をついている。
「ギルドの運営資金を稼ぐには必要ですからね」
「……はっ! そうだ、お金って大丈夫かな? ハウザーさんに確認しなきゃ!」
突然立ち上がったフェリシアは、アンジェリカに手招きしながら部屋を飛び出す。
「あっ! ……はぁ。マスターはせっかちすぎますね」
眼鏡を人差し指で押し上げながら、アンジェリカはため息をついて、そんなフェリシアを追い掛けていった。
フェリシアの部屋はギルド本部二階の奥に位置している。
そして、フェリシアの目的の場所は一階入口の正面に位置していた。
「ハウザーさん! やっほー!」
「おや? これはマスター、どうされましたか?」
書類仕事をしていた黒の長髪を後ろで束ねた猫背の男性、ハウザー・マーネリーはニコリと微笑みながら顔を上げる。
ここは事務室であり、ハウザーは大輪の花における事務業務全てを担っている人物だ。
「お金の方は大丈夫でしょうか!」
「お金? ……あぁ、問題ありませんよ。先日も、ルカ様とヴィッジ様が魔獣狩りで得た報酬を納めてくれましたから、何もなければ先三ヶ月は十分に運営できます」
「そっかー! よかった、安心しました!」
「あの、マスター? もし運営資金に問題があれば、ハウザー殿から私たちに報告がありますから、ご心配しなくてもいいんですが?」
「はっ! ……そ、そうだったっけ?」
「以前にも同じやり取りをした覚えがありますが? それも、何度も」
アンジェリカが詰め寄ると、フェリシアは目を逸らせながら乾いた声で笑う。
二人のやり取りを見ていたハウザーはクスクスと笑い、その声が聞こえたのかアンジェリカは体を引いて一度咳ばらいをした。
「ゴホン! ……そうそう、ハウザー殿にお願いしたいことがあったんです」
「おや? 私にですか?」
「はい。マスターもよろしいですか?」
「えぇー? ……まあ、仕方ないのは分かってるけどさー」
「いつもご心配していただきありがとうございます」
ここでもクスクスと笑っているハウザーに、アンジェリカは一枚の紙を手渡した。
書かれている内容を細く長い目で確認したハウザーは、紙をそのまま握り込むと、開いた時には影も形も無くなっていた。
「それでは、今日は少し早めにお暇させていただきます。一週間ほど空けると思いますが、先ほども申した通り、運営資金は問題ないですからね」
「よろしくお願いします」
「ほんっとうに! 気をつけてくださいね!」
「もちろんです」
笑みを崩さないままそう口にしたハウザーを残して、二人は事務室を後にした。
廊下に出ると、入口の方から三人の人物が姿を現した。
「あっ! マ、マスター!」
「お、お疲れ様です!」
「おう! フェリシア嬢!」
緊張気味に声を発した若い少年と少女の二人に、豪快な笑みを浮かべた隻腕で大柄の男性。
「お疲れ様です! ……ああぁぁぁぁ~!」
「……マスター」
突然泣き出したフェリシアを見て、こめかみに指を当ててため息をついたアンジェリカ。
これもいつものことだが、若い二人からすると突然のことで慌てふためいてしまう。
「ライナー君! シェリアちゃん!」
「「は、はい!」」
「……残ってくれて本当にありがとうね~!」
青髪の少年ライナー・クリスタンと、同じく青髪の少女シェリア・クリスタン。
二人は兄妹であり、新加入した八名のうちで残った唯一のメンバーだ。
「二人がいなかったら、私の心は粉々に砕けていたところだよー! だって、ガラスのハートなんだよおっ!」
「あの、えっと」
「そ、そうなんです、ね?」
「これからも、末永くよろしくね! 本当に、ほんっとうに――痛っ!?」
泣きながらよろよろと近づいていくフェリシアの頭を、二人の隣に立っていた隻腕の男性が軽くチョップしてきた。
頭を押さえながらフェリシアが顔を上げると、男性は笑いながら口を開く。
「フェリシア嬢がそんなんじゃあ、二人も逃げていっちまうぞ!」
「そ、そんなことを言わないでくださいよ、グレイズさ~ん」
「なら、フェリシア嬢はドンと構えておけってことさ! がははははっ!」
左腕が肩口から失われている男性グレイズ・フォレスナーは、大輪の花では新人メンバーの指導者として仕事をこなしている。
昔は現役のメンバーだったが、とある依頼の最中に左腕を魔獣に喰われて以来、現役を引退して後進の育成に力を注いでいる。
「グレイズ殿の言う通りですよ、マスター。威厳を見せるのも大事ですからね」
「でもさあ、アンジェリカ。私、こんなに小さいんだよ? 威厳も何もあったもんじゃないよねー」
「あの! ぼ、僕たちは、マスターのことを尊敬しています!」
「で、ですから、ドンと構えていてください!」
「……ああぁぁぁぁっ! もう、二人とも、良い子だなああぁぁぁぁっ!」
健気にフェリシアを褒めようとしていた二人を見て、フェリシアは感極まり抱きついてしまった。
これでは威厳も何もないではないかと、アンジェリカとグレイズは苦笑を浮かべたが、これがフェリシアなのだと理解もしているので、これ以上は何も言うことをしなかった。
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