強化手術

瓦礫の中を進むこと半日。太陽が高く登り、辺りにあるのは無人の集落である。

シンとリンカのいた世界よりずっと簡略化された都市構造物は、個性を削ぎ落とした大量生産された物である。

警戒しながら進むシンの背中に、リンカがいう。

「似たような景色ばかりだけど、栄えていたんだろうね」

食料は見つけたリュックに入れ、2人は黙々と進んでいたのだが、モコモコの様子がおかしかった。

仕方なくリンカに続いて歩いてついてくるが、望んではいない様子である。

まだ塔まではずいぶんと距離があったが、辺りの景観は変わり、多少の人の痕跡が残っていた。

朽ち果てた戦車や撃墜された戦闘機などが見られたのだ。

裂けた装甲から露わになった電子ケーブル類は、二度と通電することはないだろう。

異世界においても戦い続けた兵達が、少数でも存在することを祈らずにはいられない。

「何かいる」

先を進むシンの足が止まる。

「あれは何?」

シンの横について伏せるリンカ。シンが見つけたのは自律機動している小型歩行ドローンである。

形状は犬のようにも見えるが頭部はなく、4本の足と背についた突起。

「接触してみたら人と会えるかもしれないけれど、相手が有効的とは限らない」

難しい顔を向けるシン。だが、魔物に遭遇する前に人と接触して帰還することができればそれは最高の幸運となる。

「いずれ人を連れ帰るんだから、危険を冒すしかないよ」

リンカはシンの判断を待たず、立ち上がって大きく手を振り、ドローンに呼びかけた。

ドローンに搭載されたセンサーがリンカを捉え、あらかじめ組み込まれたプロセスを実行する。

「ここは重度の汚染区域です。ただちに立ち去ってください。また、この区域のいかなる物的資源の持ち出しを禁止します」

再生された音声に優しさや配慮はなく、拒絶の意思が強く込められた声である。

顔を見合わせる2人に接近を始めるドローン。

駆動音とは違うデジタルな音が鳴り出していた。

「こいつ通信してる!!」

シンが声をあげてリンカを遠ざける。

モコモコが恐れていたのはドローンだったのだ。

距離が詰まった瞬間ドローンの体が爆ぜた。

爆発によって弾け飛ばされる2人。

粉塵の中から人が姿を見せたかのように錯覚するが、そうではなかった。

腕や足の形状が獣であり、大きく発達した犬歯が際立っている。

「魔物!!?」

リンカが声をあげると同時にシンは動いた。

戦ってどうにかなる相手ではないことは本能で理解していたのだ。

リンカの手を取って走り出す。咆哮をあげる魔物は久し振りの肉への感謝を表していた。

「あの中に入るんだ!!」

リンカに指差して見せたのは朽ちた戦車である。

追いつかれることがわかっているシン。立ち止まって時間稼ぎをするしかなかった。

背を討たれるよりはマシだと迎え討つ。

武器の類はなく、背負っているリュックを捨てて魔物との肉弾戦を覚悟する。

距離を詰めるのは一瞬であり、魔物の一撃がシンの首を襲った。

金属のドローンを粉砕した強靭な四肢を持つ魔物、狼と人間の中間的生物である。

シンの肉体が耐えられる衝撃力ではないのだが、彼の肉体は治療の際に強化を施されていた。

弾け飛ばされることもダメージを負うこともなく、耐えている。

「やれそうだ」

シンが呟くと、魔物の腹部に風穴が空いた。

突然訪れた敗北と死。魔物はそれをもたらした小さな存在を確認して力尽きた。

魔物の体を貫通した腕を引き抜くシン。リンカは目を疑った。戦車の中から見てはいたが、人の力ではない攻撃力を有したシンに戸惑う。

「もう大丈夫だよリンカ」

純粋に笑えてしまうシンの足元には動かなくなった魔物。

臓物が辺りに飛散していた。

リンカに促されてシンが血を拭い、自分の身に何があったのかを説明した。

どうやら治療の際に身体の強化が行われたというのだ。

強化といっても筋細胞や骨を機械化するのではなく、もっと本質的な部分を変えたのだとわかった。

それは執行官が受ける改造手術と同じもので、人体のリミッターを外してしまうというものであった。

当然そんなことをしてしまえば、先は長くないのだが受けられる恩恵も大きかった。

現に、シンは擦り傷程度で済んでしまったのだ。





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