現地調達

黒い海から離れ、二人は生きることを最初の目標として装備と食料を探すことにした。

白い服と丈夫な靴、それだけしかない。

持ち込めたのはたったそれだけであり、武器も何もなく食料もない。

技術の流出を危惧してとのことだったが、魔物に見つかれば何もできない。

また、こちらの世界の住民と、未帰還者が友好的であるとも限らない。

世界が敵であるとシンは覚悟して警戒しながら移動する。

長く狩をしてきたシンの動きを真似るように、リンカも崩れた残骸を縫うように動く。

夜に動くことで自分たちの存在を薄め、文明を持つであろう光を探すが見当たらない。

植物さえ生えてはおらず、こちらも汚染されている可能性があった。

ところどころに地表が陥没し円形に広がっている様は、戦争の爪痕に酷似している。

肌寒い風を受けながらも汗が流れ、灰色の土に染み渡っていく。

都市の残骸はコンクリートであったが、木材も使用されている。

また巨大な残骸はなく、貯蔵庫となるような自動販売機も存在していない。

けれど人がいるのだからどこかに食料があるとシンは確信していた。

黙々と進むシンの足について行くのが難しくなるリンカ。

「シン、少し休もうよ。どこまで行っても何もないよ?」

足場の悪い土地を歩くのは蛇行させられ、膝への負担の高い傾斜もあった。

ここで転倒してケガでもしたら終わりだった。

「わかった。少し残骸が増えてきたきがするんだ、たぶん市街地に近づいてるんだと思うんだ。

そこまで行けたらきっと何かあるはず」

シンは遠くを見つめて地平線に薄っすらと存在する背の高い何かを見つけていた。

魔物がいないにしろ、植物も生えず川もない。

人工的に作られた保存食を見つけるしかない。

仮に口にできそうな植物を見つけても口にするのは躊躇われる。

白かった服が風で運ばれた灰で汚れている。

リンカが腰を下ろして深い溜息をつく。

市民等級なんてものに拘らずに、資源を探し回って僅かばかりでも清潔な食料を得ていた過去が遠く感じられたのだろう。

「シン!!?」

慌てて声をあげて立ち上がるリンカ。表情は切迫しており、シンにも緊張がはしる。

どうやらリンカが椅子の代わりにしていた箱状のものが音を立てている。

とっさにリンカが足元にあった木材を手にしてシンに投げる。

箱状の物は見慣れた冷蔵庫ではなく何かの装置のようであった。

音はだんだんと強く激しくなり、側面が開くと何かが出てきた。

「魔物!?」

リンカもとりあえず姿勢を低くして戦闘に備えるが、シンの様子がそうではない。

赤というよりピンク色の毛に覆われた四つ足の生命体であった。

逃げるようでも襲いかかるようでもなく、二人を小さな目で見ている。

「食べれるかな?」

そういったシンを遮るようにリンカがシンを制した。

「魔物かもしれないけど敵意はないようだし、それにすごく弱そう?

食べるのはちょっとかわいそうだよ。

見逃してあげようよ、きっとあそこに閉じ込められていたんだよ」

屈んで優しく手を叩くリンカ、まるで小さい子供を相手にするような顔をしている。

「噛むかもしれないからきをつけて」

シンが言うのも聞かずに、フワフワしたそいつはリンカの足元に擦り寄ると横に倒れて腹を見せてしまった。

全身がフワフワしている生物には尾はなく、鳥の雛のような高い声で甘え始めた。

どうやらリンカを気に入ったらしい。

ひと通りリンカが両手で撫で回すとフワフワは立ち上がってゆっくり短い足で移動する。

「ついて行こうよ!!」

はぐれないようにリンカは素早く動いてシンを急かす。

シンは木材を捨ててその後を仕方なく追いかける。

不思議と嫌な気分ではなかった。何もわからない場所でまだ何も手にしていないのに不安ではなかった。

まるであらかじめそうするように決まっていたような迷いのない動きである。

フワフワのおそらく尻であるであろう揺れる尻を追いかけて歩き続けると、そこにはまだ崩れてはいない横長の建築物があった。

床に割れたガラスがいくつもあり、二人が通ると闇に砕ける音が響いた。

唐突にフワフワが足を止める、何かを食べ始めた。

どうやら袋に包まれていた食料に頭を突っ込んでいるようだ。

それはいくつかあり、シンが袋を破り中を確認した。

「乾燥してるからかな?腐ってないよ」

試しにシンが口に運ぶ。それは粒状であり人工肉のような合成魚のような味がした。

モコモコのおかげで2人は当面の食料の確保ができた。

やがて朝が訪れると、建物内にビニールに包まれた水があることを見つけられた。

フワフワを抱き抱えて辺りを散策するリンカをよそに、シンは建物内にある水と食料を集める。

さらに雨を防げそうなコートがあり、厚手の手袋や少し大きいヘルメットなども見つかった。

リンカは遠くに見える長く伸びた建造物を見つめている。

そこまでどれくらいかかるのかわからないほど離れていて、霞んで見える。

けれども大きく長いそれは高度な科学技術によって作られているのは違いない。

闇雲に動くよりはまずそこへ向かうべきだ。

この世界の太陽は少しだけ小さく感じられたが、リンカとモコモコを暖かく導くようであった。



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