異世界遠征
壁面モニターの映像が繰り返される中、シンとリンカが激しく口論を続けている。
シンは治療の後に、遺伝的に市民等級が得れないことを知らされていた。
そうなると上に上がることもこれより先に行くこともできない。
リンカには許される選択がシンにはない。
シンが危惧するのはリンカが一緒に市民権を拒否してしまうことだった。
戦闘能力一点ではシンが秀でていたかもしれないが、先のことを考えると字も読めないシンはリンカの足枷でしかない。
「シンのおかげで助かったのに置いて行くことはできないよ」
リンカはシンに従うつもりはない。
やがて平行線を続けた口論は執行官によって終わりを迎えた。
淡々とした口調で2人は支持され、執行官に前後を挟まれる形で歩かされた。
途中、左右に自分たちが入れられていたのと同じ部屋がいくつもあり、中には人が詰め込まれていた。
「子どもだけじゃない、大人もいる」
シンが呟くと後ろからパルスライフで背中を強打される。
罪人や捕虜といった待遇なのか、まだ自由に発言することも許されていないようである。
通路を歩かされ、たどり着いたのは大型のエレベーターである。
執行官が識別コードを唱え、網膜認証を行うことで扉が左右に開いた。
彼らは動かず2人を乗せると背を向けた。
強くしまったエレベーターの扉が、途中下車を許さない。
一気に加速して上昇するエレベーター。
快適性などなく、安全であるかどうかも怪しい。
内部から操作できる物はなく、外の様子もわからない。
加速が落ち着き減速を開始した際に強く揺れ、シンがフラついた。
リンカが抱きしめるようにして身体を支える。
「大丈夫?」
傷は塞がれて輸血も行われているが、戦闘で負ったダメージが癒えるには時間がかかる。
本来なら動かすべきではない。
「リンカはいい匂いがするね」
予想外の言葉を口にしたシンに、リンカは異性を意識して動揺する。
シンは特に深く考えず口にしただけだったが、同じ年頃の異性に触れたのはリンカが初めてのことであった。
エレベーターが停止すると扉が勢いよく開いた。
強い光が2人を差した。
見渡す限りの都市と贅沢に降り注ぐ日光。そこは空中都市だった。
西洋の鎧のような洗練された強化装甲を纏った大人達が一列に並び2人を出迎えている。
促されるようにして歩かされる2人。
どうやら先に招かれた連中が集められていたようである。
錆やカビのない清潔な空間に人が集まり、下から選別された少数に歓声が上がる。
「何か書いてある」
シンが口にしたのは、立体投影された文字であり、そこにはスローガンがある。
「我らの新しい家族に自由と権利を」
リンカが読み上げる。
命の選別をして尚もシンを等級なしとしようとする連中にリンカは怒りを感じずにはいられなかった。
かといって左右に並んだ兵達の装備は見たことのないもので、武器に至っては斧のようであり槍のようでもある。
ここでリンカとシンが暴れたところで何も変わらない。
リンカは唇を強く噛み締めて強くシンの手を握った。
何があってもシンを離さない。自分だけ安全な場所で同じ人を見下すようなそんな存在にはならないというせめてもの意思表示であった。
式典が始まり、おそらく一等市民の代表であろう女性が語り出した。
それらは壁面モニターの復習から入り、やがて訪れる第三次世界転生に及んだ。
新しい市民の誕生と技術の革新を懸命に主張する。
「ぼくは殺されるのかな?」
話の途中にシンが呟く。
リンカが強い目でシンを睨んだ。諦めることは許さない強い目だ。
歓声が辺りを包む。どうやら式典のスピーチが終わったようである。
そこからは集められた者たち全員の眼前に情報が表示された。
リンカの前にある情報には二等市民権の獲得と空中都市定住権。
シンに突きつけられたのは空中都市からの即時退去と、敵勢国への尖兵。
「私が読むから動かないで!!」
力なくうなだれるシンの顔を両手で強引に掴むリンカ。
敵勢国という文字に驚かされる。
日本はすでに鎖国して圧倒的な軍事力で周辺国の干渉を受けていないと聞かされていたのに、まるで戦争継続中であるかのような言葉だった。
「シン!!諦めないで。私は二等市民権を獲得できた、シンあなたを救ってみせる絶対何かあるはず」
諦めないリンカ。
目の前に表示された情報からさらに獲得しているであろう小さな権利まで探す。
誰に習ったわけでもなかったが、意識することで情報のさらに奥のコンソールにアクセスし、解決策を見つけ出すことに成功した。
左右に配置されていた兵達が迫り、市民権獲得者とそうでない者を振り分けて行く。
やがてシンの腕を兵達が掴もうという時にリンカが叫んだ。
「二等市民リンカは異世界遠征に参加することを宣言します!!
また、武器として友人である無等級シンを所持することを申請します」
リンカの声がこだまする。
世界転生の災禍は地球規模の破壊が起こり、日本も甚大な被害を受けた。
結果として一部の人間が揺るがない権利を得るに至ったが、次の戦いがどうなるか誰にもわからないのだ。
よって、戻らない転生者の帰還を望み、
最悪の場合はその抹消さえ考慮されるほど事態は切迫している。
三等や無等級市民では人為的に送り込んでも役に立たないことが検証されていた。
戻る事さえ困難であり、持ちこまれた魔道書による転生では装備品を持たせることもできない。
身体を科学的に強化した執行官でも戻れる保証はない。
それほどに向こう側は危険であり、こちら側に反目する元人類も多いとされている。
「シン聞いて。世界転生で多くの人が消失したことは知ってるよね?
私たちはその中で人的資源価値の高い人を連れ帰るの。
そうしたら一緒に一等市民にだってなれる。
意味のわからない領土の争いに参加するより良い!!」
叱りつけるような言いようにシンは圧倒されて頷くだけだった。
2人は歓声に包まれて転生の儀式へと向かうことが決まった。
空中都市市民は久しぶりの転生希望者に湧き上がった。
最低限の説明だけを受けて2人が魔道書の前に立たされる。
空間が歪み2人を飲み込んだ。
魔道書の禍々しい輝きが止むと、シンとリンカの前にはどこまでも広がる黒い海があった。
転生した先の空は灰を降らせ、風は生暖かく大地は灰で覆い尽くされていた。
「こっちもあんまり変わらないね」
リンカの声は明るかった。シンは遠くを見つめて、生存することを誓った。
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