第20話 さよなら、先輩
「遊園地?」
「はい、父さんがこの前のエプロンをすごく気に入ってて、志保先輩にプレゼントらしいです」
「そう。喜んで貰えたのなら何よりね」
「だからこのチケット、受け取ってください」
「チケットは1枚で1人なのかしら?」
「いや、このチケットで1組ですね」
「そう、なら遊園地デートができるわね」
「やっぱりそうなりますよね〜」
チケットを渡した時点で俺が同行するのは分かりきっていた。だけど志保先輩のことだから遊園地なんて興味ないって線もあったけど、お礼と言われたら行くしかないだろうな。
しかし、遊園地なんていつ振りくらいだろうか。本当に幼い頃に家族と行ったとかそれくらいの記憶だらうし、ある意味記憶のある内では今回が初めてになるんじゃないだろうか?
「志保先輩は遊園地とかって行ったことあります?」
「無いわ」
「そうなんですね」
「だからエスコートしてくれんでしょ?」
「っとは言っても、俺も記憶の中じゃ今回が初めてなんですよね」
「そうなの? ならお互いハジメテ同士、ゆっくり焦らないペースでね」
「うーん、なんか卑猥に聞こえるのは俺の心が汚れているからなんですかね……?」
知らないわと言いながら、志保先輩は俺が渡した遊園地のチケットを手に持ちながらずっと眺めていた。
「ねぇ、ちょっとこっちに来て」
「はい?」
リビングに置いてあるテーブルに座るように志保先輩が促してきた。前に座ろうとしたけどこっちよと言われ隣に座らされる。
何か変なこと、変態チックなことをされるのだろうか、またパンツを見せてきたり、あまつさえブラジャーでも見せてくるつもりだろうか?
俺のその予想はどれもハズレて、ただ志保先輩の頭が俺の左肩に寄りかかってくるだけだった。少しドキッとしたけど、志保先輩は何も言って来ない。時計の秒針だけがカチカチと響いて、しばらくしてから志保先輩が口を開いた。
「今この場で答えを出してと言ったら、キミは私を受け入れてくれる?」
「え……?」
「今すぐ恋仲になって欲しいと言ったら、キミは私の彼氏になってくれるのかなって」
「それは……」
俺の想いはいつの日か決まっていた。志保先輩の気持ちには応えられない。冷静になって考えても俺と志保先輩は釣り合わない。それにこの関係がいつまで続くか分からないから、志保先輩の親が志保を連れ戻しに来たら俺はなにも抵抗できない。
「そうよね。それではいって言わないのがキミだもんね」
「志保先輩……俺は」
「いいの。今の関係でも満足よ。これだけ満たして貰えた、私はもう充分幸せよ」
まるでカップルの別れ際の言葉みたいで、そう語る志保先輩の表情はまるで見えないけど、きっと笑顔ではないんだと思った。
そこから先のことはよく覚えていない。ただ普通に風呂に入って、いつものように志保先輩と一緒にベッドに入って眠りについて、朝起きるといつもある温もりがそこにはなかった。
何も残っていない、そこに最初から志保先輩なんかいなかったかのように、何もなかった。
だけど枕元は湿っていて、やっぱり志保先輩はここには居たんだ。
春の訪れと共に冬も志保先輩も消えてしまった。
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