第19話 重なり合う先輩
「ねぇ、母さん。お願いがあるんだけど」
「お小遣いの前借りは無理よ、諦めなさい」
「いや、そんなんじゃないんだけどさ。志保先輩をまた夜ご飯に誘いたいなって思ってさ」
「志保ちゃんを!? いいわよ誘いなさい! 今夜はパーティーよ!」
「いや、そこまで盛大にやらなくてもいいんだけど……?」
「将来のお嫁さんよ? あんたには勿体ないくらいの美人なんだから」
「あ、はい。そうっすね……」
盛大な誤解はあれど、志保先輩を家に呼ぶことができたのでまぁいいだろう。要件としてはもちろん、俺の両親へのプレゼントを渡す為だ。
志保先輩が感謝の意味も込めて選んだプレゼント。喜んでくれることは間違いないけど、それを志保先輩はまだ不安がっていた。
まぁでもそれは実際に渡してみれば解決する問題ではあるし、杞憂に終わるだろうとは思っている。いくら俺が言っても不安が拭えないなら実際に体験するしかない。
とりあえず両親の承諾を得られたことを伝えにパン屋に戻ると、志保先輩が自分の分も買っていたエプロンを身につけていた。
「おかえりなさい。どう? 似合うかしら?」
「ただいまです。似合ってますよ」
「そう、なら良かったわ。それでご両親の方はどうだったのかしら?」
「問題ないですよ。むしろ俺よりも志保先輩の方が求められてます」
「そう、ひとまず第一関門は突破ね」
「難所でもないですけどね」
志保先輩は身につけたエプロンを見ながらクルクルと回転し始める。しがないパン屋でパラリーナが単調な踊りを踊っていた。
「さてと、それじゃあご褒美の時間ね」
「恒例行事みたく言わないでください」
「今このエプロンを取れば、下の方は下着だけよ?」
「要らないですその情報……」
「調べたのだけど、男の人はこういったシチュエーションが好きだって。興奮するかしら?」
「するか!」
「おかしいわね。キミは布面積が多い方が逆に好きなタイプだと思ったのに」
冷静に分析されてるのが恥ずかしい。確かにシチュエーション的にはこれはこれで萌える展開だけど、ここで乗ったら志保先輩の思うツボだ。
「ご褒美の方向性変えませんか?」
「やっぱりブラジャーの方がいいのかしら?」
「上か下かの問題じゃなくて、そもそもなんで選択肢が下着オンリーなんですか!?」
「ま、まさか下着じゃなくて……直接……」
「だからちがーう!」
緊張の糸なんかぐるぐる巻かれてどっかいったかのように志保先輩は志保先輩らしく絶好調で俺はどっと疲れるのだった。
▼
「志保ちゃん、今日も来てくれてありがとうね~!」
「いえ、むしろ無理なお願いをしてしまってすみません」
「全然無理じゃないわよ! むしろ大歓迎なんだからぁ!」
「ありがとうございます」
さっきのポンコツ変態志保先輩の面影なんかなく、できる女モードの志保先輩を見て、この人は二重人格なんじゃないかって思っちゃうよね。
食事も一通り食べ終わった所で、あとは志保先輩のサプライズを実行する時間だった。
だけど、肝心の志保先輩に動きはない。ちらちら横を見ても確実に緊張でパニックを起こしている様子だった。積極的に話しかけてくる母さんの対応がさばききれなくて、渡したいものがあるって言葉を言い出せないでいた。
そんな志保先輩を、時折弱さを見せる先輩の手を優しく握った。テーブルに下だから誰にも見られない、俺と志保先輩だけが知っている重ねに、大丈夫ですよと、志保先輩は一人じゃないですよと言い聞かすように手を握る。
そして強く握り返される。分かったわと、勇気をくれてありがとうと言い返してきてくれたように志保先輩の瞳の色が変わった。
「あの、お二人に渡したい物があって」
「私たちに?」
「はい」
そう言って志保先輩は自分が持っていた包みを一つずつ俺の母さんと父さんに渡した。気に入って貰えるか分かりませんがって前置きはしてたけど、中身見る前に母さんなんか既に泣きそうだし気に入らないわけないんだよな。
「これってエプロン?」
「はい、私なりにお二人に似合うと思う柄を選んでみました」
「すっごい可愛いじゃな~い! 志保ちゃんありがとうね! 大切に使うね!」
「い、いえ……」
志保先輩のサプライズプレゼントを父さんも母さんもすごい喜んでいた。予想通り俺がなにもプレゼントを渡さないことが話題に出て薄情者扱いされる。それでも志保先輩が笑っていたから悪い気はしなかった。
志保先輩が交わることでこの団欒に新しい色が生まれる。それは毎回色とりどりにカラフルで同じ色はなく、毎回違う魅力で俺たちを楽しませてくれる。
「いい、ちゃんと志保ちゃんを送り届けるのよ?」
「はいはい分かってます」
「今日はありがとうございました」
「志保ちゃんも本当にありがとうね! また来てね!」
手を振り振られ、俺と志保先輩は歩き出す。まっすぐと道を歩いて、角を曲がった所で志保先輩が口を開く。
「寒いわね」
「そうですね」
「手が、凄く寒いわ」
「カイロとかあればいいですよね」
「手は握られると温かくなるって聞いたことあるわ」
「そうなんですか」
「もう……いじわるしないでもらえる?」
「ごめんなさい」
俺は志保先輩の手を優しく握った。前にも似たようなことがあった気がして、その時は握れなかった手も今は握ることができていた。
相変わらず冷える外の空気でも、繋がれた手はとても温かく心地よかった。
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