第16話 贈り物をする先輩


「感謝の意味も込めて今日は私が奢ってあげるわ」

「別にそんなのいいですよ。誘ったのは俺の母さんですし」

「いいの。プリンを買いに行くから付いてきなさい」

「やっぱり志保先輩はお嬢様ですね」


 志保先輩がわがままプリンセスなら俺はそんな彼女に付き従う世話焼き執事だろうか。でもプリンにはしゃぐ志保先輩の姿はお嬢様ってよりかは少し幼いどこにでもいる女の子に見えた。


「ねぇ、2個買っていいかしら?」

「1個にしときましょ」

「キミと一緒に食べたいの」

「なら1個買って一口くださいね」

「口移しがいい?」

「せめて間接キスにしてください」


 キミは間接キスの方が好きなのねって頬えむ志保先輩。口移しに比べたらって意味だったんだけど、どうにもこの先輩は思考が飛躍しすぎるらしい。いつものプリンをカゴに入れてから志保先輩はそのままお菓子コーナーへと向かっていく。


「さあ、選びなさい」

「いや、だから本当にいいですって」

「私に恥をかかせるの?」

「こんなの恥になりませんよ」

「キミは優しいね。でもその優しさは私には辛いの」

「え?」


 表情を変えずに志保先輩は淡々と語る。俺の遠慮の言葉はどうやら志保先輩を苦しめているらしい。


「私を救ってくれるキミに何も返せない。そんな無力さが私のプライドを傷つける。こんなことで返せるとは思ってないわ。でもたまには私の厚意を受け取ってほしい。好きって好意がまだ受け取れないなら贈り物って厚意くらいさせて欲しい」


 志保先輩はまっすぐな人だ。俺なら恥ずかしくて言えないようなセリフも気持ちを言葉にするのにも志保先輩は回り道なんか使わずにストレートにぶつけてくる。

 それが羨ましく思う反面、俺には到底無理だと決めつけてしまう。


「じゃあ、志保先輩が選んでください」

「え?」

「志保先輩が俺の為に、俺にあげたいものを選んでください」


 俺がそう言うと志保先輩は任せてと言ってくれた。志保先輩はしゃがみこみ顎に手を当てながら考える。しばらく考えたあとにこれにすると言ってからそそくさとレジに並びに行く。


「キミは先に外で待っててくれる?」

「外寒いんですけど?」

「そ、私と一緒に居たいってことね。たまには可愛いこと言うじゃない」

「だから飛躍しすぎなんですけど?」


 それでも俺は外へは行かなかった。志保先輩の傍に居たいんじゃなくて本当に寒かったからなんだけど。それでも志保先輩は満足気に微笑んでいた。

 会計が終わってから志保先輩と一緒にコンビニを出る。


「何買ってくれたんですか?」

「秘密よ」

「そうですか」

「ちょっと待ってね」


 そう言うと志保先輩はビニール袋を音を鳴らしながらいじりはじめた。そして簡易梱包に入った四角く黒い物を手渡してきた。


「これ、チョコレートですか?」

「そう、私も食べてみたかったから」

「私利私欲が混じってるんですね」

「当り前じゃない」


 当たり前なんだと苦笑いしながらツッコミを入れたが、それでも志保先輩がせっかく選んでくれた物なのでありがたくちょうだいする。端的に見れば俺がいままで志保先輩にしてきたこと、かけてきたお金を比べれば釣り合いはしない、でもそんなことは熱量や気持ちでいくらでもチャラになる。


「これ、苦くないですか……?」

「カカオ99%だもの。前にここに来た時に食べてみたかったの」

「甘い方が俺好みなんですけど」

「そんなに苦いの?」


 人生が辛い分チョコレートくらい甘くたっていいだろう。糖分は多い方がいいし、人生も恋愛も何もかも甘いイージーモードの方が良い。


「ごめんなさいね。キミの好みを理解してなかった私の責任ね」

「いや、まぁ別に食べられないわけじゃ――」


 そんな刹那、冷え切った唇に触れる温もり。優しく振れたその朱色はゆっくりと離れていく。時間にして2秒くらいだったろうか? この感触を味わうのは3回目なはずなのに、過去の2回とは比べ物にならないくらいの優しさと温かさを感じた。


「これで甘くなったかしら?」


 髪を耳にかけながら色っぽく艶やかに、蠱惑的にその言葉を志保先輩は発した。

 甘くはない。それでも先ほどまで感じていた苦さをすっかり忘れてしまうくらいには俺は動揺させられていた。


 月夜に照らされた志保先輩のその表情はとても綺麗で美しかった。











「ねぇ、今日って暇よね? 私に付き合いなさい」

「志保先輩、一応俺にも人権はあるのでちゃんと予定は聞いてくださいね?」

「じゃあなにか予定があるの?」

「いや、無いは無いんですけど」

「ならいいじゃない」

「気遣いってゆーか、そー言った部分は相変わらずお嬢様ですね」

「私がルールよ」

「どこの独裁者ですか?」


 日曜日、俺のパン屋でいつものように物語は始まっていく。唐突に志保先輩は俺を誘ってきた。いや、変な意味でとか卑猥な意味とかじゃなくて普通にどこか買い物とかそんな感じだとは思うけど。


 もうこの生活にもだいぶ慣れてきた。半同棲みたいなこの生活、志保先輩の家出を手伝うこの生活が日に日に楽しく感じていた。


「それと、聞きたいことがあるの」

「なんですか?」

「キミのお母さんの好きな色って何色かしら?」

「え?」

「キミのお父さんの好きな色は?」

「急にどうしたんですか?」

「いいから答えて」

「えっと、正直知らないです」

「使えないわね。今日はパンツのご褒美無しよ」

「俺から求めたこと1度もないんですけど?」


 志保先輩は相変わらず志保先輩ムーブをかましていた。パンツのご褒美を俺から求めたことは無いし、むしろご褒美の前提がもうパンツってイカれてると思う。


「とりあえず出かけるわよ。まだキミの力が必要だから」

「はぁ、分かりましたよ」


 わがままプリンセスのわがままが発動して、逆らえない執事は付いて行くって選択肢しかなかった。だけど一体何があるというのか? 俺の親の情報を得て何をしようと言うのだろうか?


「志保先輩、急にどうしたんですか? 俺の親のこと聞いてきたり」

「プレゼントをしたいの。お給料も貰えたし」

「給料は志保先輩が働いたお金ですからね? 大元にまた返すようなことしなくてもいいと思うんですけど?」

「嫌よ」

「相変わらず志保先輩は頑固だなぁ」

「それは違うわ」


 志保先輩は玄関で靴を履きながらそう否定してきた。一体何が違うと言うのだろうか?


「キミのお母さんは私のことを娘にしたいって言ってくれた」

「そうですね」

「嬉しかった。私を必要としてくれるって思えて、嬉しかった」

「志保先輩……」

「気を遣って言ってくれたのかもしれない。でも私の両親は嘘でもそんなことは言ってくれない。私に温かさなんてくれたことがない。だから嘘でも、気休めだったとしても、その言葉単体が嬉しかった。私が私で居られる為の蜘蛛の糸だった」


 志保先輩は俺に背を向けながら語っているから、どんな表情でその言葉を口にしてるのかが分からない。


「昨日ネットで調べたの。初給料は感謝の意味を込めて両親をご飯に誘ったら贈り物をするって。私にとってキミの両親はそんな存在なの。初給料のほとんどを使っても感謝の気持ちを伝えたい、そんな存在なの」


 そんなことで? って前なら思っている自分がいただろう。でも志保先輩に出会ってその考えは変わっていった。

 幸せは誰にも平等に与えられていないことを知った。貧乏でも苦悩はありお金持ちにも苦悩はある。日々過ごす中でいつも通りの日常は誰かにとっての非日常なんだと思い知らされる。


 当たり前に過ごしていてもそれは当たり前なんかじゃなくて、感謝しなきゃいけないことなんだって教えられた。

 志保先輩は身をもって俺にそれを教えてくれる。


「なら、買いに行きましょうか」

「うん。私ってめちゃくちゃだから変な物選んじゃうかもしれないから、キミの力が必要なの」

「俺もセンスある方じゃないですけどね。それでもいいなら付き合いますよ」

「大丈夫。私は自分が好きになった人を信じるから」


 真っ直ぐな気持ちに真っ直ぐな言葉、志保先輩の強さでもあり魅力でもある。そんな輝きをまだ一緒に見ていたいから俺は今日も志保先輩の隣を歩く。











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