第9話 家出少女の先輩



「志保先輩、ついてきてください」

「……何よ」

「いいから。このままだと志保先輩餓死しそうですし」

「死んでやるわよ!」

「だからそんな爽やかに悲しい事言わないでくださいよ」

「パンをあげたお礼にパンツでも見せろって言うのかしら?」

「パンだけにですか。俺がそんな薄情に見えます?」

「見えるわ。キミは酷いヒトだから」

「やっぱりそのパン返してください俺が食べます」

「ダメよ、このパン達はキミが捨てたのよ? だから私が可愛がるの。もう独りぼっちにはさせない。私からパンを奪わないで……!」


 パンを奪わないでとか私が可愛がるとか言ってるけど、それ食料だし。シリアスな雰囲気からいきなりギャグ路線に進んだけどペースに飲まれたらダメだ。


「パンツを見せて貰いたいわけじゃなくて、俺の家に来ませんかって話です」

「私に何をするつもり……」

「だから何もしませんって……」

「本当になにもしない?」

「しませんよ」

「本当の本当に……?」

「だからしませんって!」


 パンツとか平気で見せてくるクセになに純情ぶってんだか。でも志保先輩は俺についてきてくれたので、そのまま俺の家へと向かった。俺の家と言っても今生活している家ではなく、パン屋の方の家だった。そこでなら食料も飲み物もあるし、志保先輩の空腹を凌ぐことができるだろう。元々生活してた家だし風呂もトイレもあるし。


「どうして私を家に連れて行くの?」

「見てられないからですよ」

「どうして?」

「あんなお腹空かせて、目の前であんなに泣かれて放っておけるわけないでしょうに」

「私とキミはもう関係ない。私はキミのこと好きじゃないし」

「別に志保先輩が俺のこと好きじゃなくていいんですよ。ただ、志保先輩の背負ってる物を少しだけ俺にも背負わせてください」

「…………」


 自分でもどうかしてると思う。あんだけ引っ掻き回されて、めちゃくちゃに振り回されたけど、志保先輩の境遇を知って、その涙を見て思うことがあった。かわいそうな人なんだなとそんな哀れみの想いは出てこなくて、純粋に彼女の、志保先輩の支えになってあげたい。彼女の抱えてる不安を少しでも和らげてあげたい、そう思った。


「私はキミが嫌い。今さらになってそんな事言ってくるキミが嫌い。でも……そこまで言うなら背負わせてあげる」

「相変わらず志保先輩は志保先輩ですね」

「うん、私ってめちゃくちゃだから」


 いつの日か聞いたことのあるセリフをまた耳にした。志保先輩はベンチから立ち上がって俺の後ろをついてくる。そしてソっと俺の服を掴んできた。


「パン、美味しかったわ」

「お口に合ったなら何よりです」

「あとでパンツ、見せてあげる」

「え?」


 志保先輩は頬笑みながら、そんなめちゃくちゃな事を言ってきた。











 志保先輩を連れてやってきたのはパン屋の方の俺の家。母さんには友達の家に泊まると連絡をしておいた。とりあえず志保先輩をここで匿って、その先の事は何も考えてないけど、絶望して死を選ぶ選択をされるよりはマシだろう。


「ここはどこ?」

「俺の両親がパン屋やってて、その店です」

「ご両親は家に居ないの?」

「別に家持ってて、本来はそっちで生活してるんですよ。元々はここで暮らしてたんですけど、俺が大きくなると同時に引っ越しました」

「そうなのね。じゃあ、早速だけど」


 そう言いながら志保先輩はなんの躊躇もなく自らのスカートを捲って、白いキメ細やかな太ももを見せてから……


「ってストップストーップ! だからなんですぐスカート見せたがるんですか!?」

「でも好きでしょ? パンツ」

「いや、それとこれとは話が別ですから!」


 君がそこまで言うならと、志保先輩はスカートを捲るのをやめてくれた。健全な男子高校生には刺激の強い行い、これが1年とはいえ先輩である目上の余裕とでもいうのだろうか。


「ねぇ、お風呂はある?」

「もちろんありますけど」

「じゃあ借りるわね。服持ってきてないからキミのを貸してもらえる?」

「じゃあ、一旦家帰るんで待っててください」


 志保先輩を風呂場まで案内して、俺は一旦自分の家に戻り着替え等を取りに行く。着替えを取りに行く途中で冷静になると、よく分からない展開になったなと頭を抱えるが、志保先輩を招いたのは他でもない俺自身だった。


「けど、本当にこれでいいのかな」


 それでも、救いたいと思ったのなら突き進むしかない。っとは言っても問題は山積みなんだけどな。


「なにしてんの?」

「え?」


 声をかけられて振り返ると、そこには白瀬がいた。右手に小さなビニール袋を待っている事からどこかの帰りなのだろう。


「何って、帰ってるんだけど」

「帰る? 今日は泊まりなんじゃないの?」

「え? あ、そうだな。そうだった」

「ってか、あんたに友達いたんだね」

「それは流石に失礼じゃないですかね白瀬さん?」


 どうでもいいけど、っと言いながら白瀬は俺の横を通り過ぎて1人帰っていく。家が近いけど途中まで帰ろうなんて言われないし、俺から声をかけるつもりだってない。

 少しだけ遠回りをしてから家に着いて、着替え等を諸々持って志保先輩の待つパン屋の方の家へと向かった。


「遅い」

「え……」


 俺が戻るとリビングにいたのはバスタオルを1枚だけ付けているだけで、あとは産まれたままの姿の志保先輩だった。健全な高校生男子にはとってもない刺激だ。


「な、なんでそんな格好なんですか!?」

「お風呂おわったから。それに着替えがなかったから」

「普通、俺が帰ってくるまで湯船とかに浸かってません?」

「嫌よ。恐いから」

「別に泥棒なんか入ったりしないですよ」

「それでも、恐いから。独りは、恐いの……」


 そう言って瞳に雫を溜め始めた志保先輩。やっぱり俺には志保先輩が分からない。分かってあげなきゃいけないのに分かってあげられない。今にも泣き出しそうな志保先輩をただ見つめて、ごめんなさいと謝る事しかできない。






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