第8話 腹ペコな先輩

  あれから志保先輩は俺の元へはやってこなくなった。だから困るって訳ではなく、今まで一緒に居た時間がいきなりなくなると、その時間がぽっかりと空いて暇になる。暇なら自分の好きに時間を使えばいいのだが、それすらも億劫になっていた。


「優一、今日はお父さんいなくて忙しいんだから手伝って」


「バイト雇おうぜ? 俺給料出ないのに働きたくないんだけど?」


「優一も頑張ってくれないとそもそも生活できなくなっちゃわよ?」


「子供が不安になるようなこと言うなよ」


 折角の休日だけど、今日は父親がどっかに行ってるらしく、パン屋の手伝いをしている。家から歩いて15分くらいの場所にある俺の両親が経営しているパン屋さん。元々そこが俺の家で生活してたけど、俺が成長するにつれて部屋が狭くなり、今は新しく家を借りてそっちで生活をしている。


 昔から手伝うのはめんどくさくてすぐに遊びに行ってて、俺の代わりに白瀬が手伝ってたりしてメチャクチャ睨まれた記憶はあるな。だから今でも手伝うのは品出しとか会計だけどね。

 休日返上して働いたあとに待ち受けてるのは売れ残ったパンの処理。父さんならまだ被害は少ないけど母さんが作るとほとんどの確率であまるからな、計画性ないんだあの人。


 愚痴を零しながらもパン屋の息子としてそれなりに実務をかなしていると見慣れたお客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませ~って、白瀬か」


「なに、悪い?」


「いや、悪いってわけじゃないけどさ」


「あっそ」


 相変わらず刺々しい対応に肝を冷やす。ってかなんで白瀬がここに来んの? お前どちらかと言えばバーガー片手にポテトつまんでストローガシガシ噛むタイプだろ?


「ん」


「は?」


「会計してってこと。見て分かんない?」


「あ、そーゆーことね」


 今日は特に機嫌悪そうだし、変に絡んで怒らせるのも精神衛生上によろしくないので大人しく従っておく。


「ねぇ、例の先輩との件、どうなったの?」


「例の先輩?」


「あんたがアタシに相談してきたヤツ」


「あ~志保先輩の事ね。ってかなに? 実は気にしてたの?」


「あんたが相談してきたんでしょ? なら報告ぐらいフツーすんじゃないの? あんたバカ?」


「お、おう……すまん」


「はぁ、別にいいけど」


「とりあえずはまぁ、なんとかなった。今は付きまとわれてもないし問題ないかな」


「そっ」


「相談乗ってくれてありがとな」


 最後の俺の感謝の言葉をシカトして白瀬は帰っていった。俺も俺だけど白瀬も白瀬で大概だろ? って思うのは俺だけか? まだ閉店まで時間残ってるのにめちゃくちゃ体力使ったわ。






 ▼






「優一もお疲れ様。あとはよろしくね、お母さん先に帰って夕飯の準備するから」


「あー。俺夕飯要らない」


「なんでよ!? お母さんの手料理食べたくないの!?」


「どっかの誰かがパン作り過ぎるからだろーが! まだ処理しきれてないんだからな!」


 ビニール袋いっぱいになったパンを見せながら文句を言うが、あははと笑うだけでまったく反省してないなこの人。母さんは帰り、店内の整理が終わってから戸締りをして家に戻る。


「つっかれた~」


 流石に疲労が溜まっていた。早く家に帰って湯船にでも浸かろうと思ったけど、今日はいつも立ち読みしてる雑誌の発売日だったことを思い出してコンビニへ向かった。そのコンビニに向かう途中には公園があり、その公園の周りを通るより真ん中を突っ切った方が早いのでショートカットした。


「志保先輩?」


「キミは……」


 横切る途中のベンチに人が座っていた。月明かりに照らされたその顔は俺の見知った人、つい最近まで関りがあった三島志保先輩だった。


「志保先輩、こんな所でなにしてるんですか?」


「キミには、関係ない」


「そりゃそうですけど」


 前と違い志保先輩は俺に冷たかった。まぁ、俺から避けたって部分があるしこの対応が普通なんだろうけど。関係ないなら俺だってもう用はないしそのまま帰ろう。そんな矢先に空腹時に鳴る音が聞こえた。俺は余ったパンを食べていたからお腹なんか減ってはいない。


「志保先輩?」


 俺が鳴っていないなら、犯人は俺の目の前にいる志保先輩しかいない。


「鳴ってないわよ。私じゃないわ」


「いや、誰もお腹が鳴ったって言ってないですけど」


「う……うるさい……」


「はぁ、」


 俺はそのまま志保先輩の隣に座り、手に持っていたパンの袋を差し出した。


「これ、あげますよ。お腹減ってるんですよね?」


「減ってないし、要らない」


「んなこと言ったって現に鳴らしたの志保先輩ですよ?」


「私は鳴らしてない!」


 ダメだ、志保先輩は頑固になってるから認めないだろう。でもお腹を空かせているのは事実だろうし、どうにかして食べて貰おうと一芝居打つことにした。


「これ、お店の余り物なんですよ。俺もたくさん食べた後でまだ残ってて、このままじゃ捨てちゃうので俺を助けると思って受け取ってくれませんか?」


「…………そこまで言うなら、しょうがないわね。食べ物を粗末にするのは、いけない事だし」


「そうですね」


 そして志保先輩は俺からパンの入った袋を受け取ってくれた。すぐに袋を開けて中に入っていたパンを食べ始める。余程お腹が空いていたのか、志保先輩は次から次へとパンを口に運んでいく。


「よく噛んで食べないと喉に詰まらせますよ」


「分かってるわ」


「はいはい」


 袋の中に入っているパンをケロっと食べ終えて、志保先輩は大きなため息をついた。


「家出、やめたらどうです?」


 家出をしたからご飯を食べるお金が無いのだろう。元々はあったけどそれが尽きたって表現の方が正しいのかもしれない。


「言ったでしょ。帰るくらいなら死んでやるって」


「そんな物騒な」


「キミに私の気持ちなんて分からない……自由に生活できてるキミになんて……」


 志保先輩は泣いていた。涙を流し、握り拳を膝に何度も打ちつけ、自分の立場を憂いていた。普段は感情の表現が乏しい志保先輩も、今だけは負の感情を爆発させていた。










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