第2話 自分勝手な先輩
「とりあえず一旦落ち着きましょう」
「落ち着いたら告白の返事を聞かせてね。承諾以外は認めないわ」
「それってもう、ある種の脅迫ですよね?」
「好きだからしょうがないでしょ」
「いまいち先が見えないんですが……」
まともに話をしても無駄かの様にどんどん言葉で攻めてくる先輩。それとどこかで聞いた事のある三島志保と言う名前がどうにも引っかかっていた。無い頭を振り絞って過去の記憶を呼び起こすと、一つの答えにたどり着いた。そう、彼女こと三島志保は三島財閥の1人娘だった。
三島財閥の事を俺は良く知らないが、とりあえずかなりのお金持ち且つその家柄からとても近寄り難い存在だとは聞いていた。実際には名前を聞いたことあるくらいで顔は見たことなかったので、改めて見ると本当に綺麗で整った顔立ちをしていた。
「俺と先輩って初対面ですよね?」
「私はずっとキミを見てたわ。だから告白したのよ」
「なんか怪しいんですけど……」
そんな大層お金持ちの令嬢様が、こんな平民を好きになるなんてありえないし理解できないのは当然の事だろう。納得する理由なんてこれっぽっちも思い浮かばないのに疑問ならいくらでも思い浮かんでくる。
そもそも金持ちの思考なんて分からないし、きっと俺たち平民の尺度では考えられない思考なのだろう。けど、どう考えてもこの告白を受け入れるのはやめた方がいいと俺の本能が訴えていた。
「とりあえず先輩の気持ちには応えられません」
「な、なんでよ!?」
「いきなり告白されても、俺は先輩の事よく知りませんし、仮に先輩が俺の事を好きだったとしても、俺の気持ちが定まっていないからその状態で気持ちに応えるのは失礼だと思うんですよ」
100点満点の回答ではないだろうか? しっかりと拒否の意思を示し、相手の事を気遣うフォローも忘れない。そうすれば大人しく目の前にいる先輩も引くだろうと思っていたが、そんな俺の目の前にはまた先輩の顔がドアップで写っていた。
二度目のキスはやはり柔らかいストロベリーの味で、人生において異性とキスをしたことのない俺が今日だけで二回もキスをしてる現実に戸惑いながらも、同時に合わせ持ったなけなしの理性で先輩を力強く引き離す。
「だ、だから……何やってるんですか!?」
「やめない……」
「は?」
「キミが私を好きになってくれるまで……やめない」
そう言った先輩の表情は悲しんでいる様な、苦しんでいる様な表情で俺を見つめてきた。だけどその表情がとても魅力的で蠱惑的に見えてしまっていた。けど、とにかく分かった事は何かしら事情がありそうだなって事だった。
そんな事よりずっと気になっている事があったので、まずはそのモヤモヤしてる問題を解決しようと俺は話題を切り出した。
「あの、先輩」
「志保さん」
「先輩」
「志保さんって呼ばないと答えてあげません」
「じゃあ間をとって志保先輩でいいですか?」
「う〜ん。まぁ、いいかな」
「あのパンツって志保先輩のなんですか?」
俺の言葉を聞いた志保先輩は、ふと何かを考え始めたと思ったら、急に顔を真っ赤に染め上げて俺を汚物でも見るかの様な視線をしてきて、小さな腕を精一杯使って身体全体を覆い隠す様なポーズをしていた。
「あ、あれは買ったやつに決まってるじゃない……!? もしかして私の使用済みとか妄想してたのかしら?」
「いや、妄想してたってゆーか……」
「変態……」
いや、なんか変態って罵られたけどバレンタインのチョコ代わりにパンツ渡す方が変態じゃない? それも柄物とかじゃなくて純白って所がまたなんかいやらしくない?
「いや、チョコにパンツ入れてた志保先輩に言われたくないんですけど……ってかなんでパンツなんですか?」
俺はチョコが欲しかったのに、チョコが喉から手が出るくらい欲しかったのに手に入れたのは純白のパンツだからね?
「仕方ないじゃない。チョコの作り方なんて知らなかったし、キッチンは速水さんが使わせてくれないし」
「だからってパンツはおかしくないですかね……? ってか速水さんって誰ですか」
「速水さんは私のお付きの人よ。チョコが渡せないって分かったから、他に年頃の男の子が好きそうな物を考えたのよ」
「それでパンツと」
「えぇ、それでパンツよ」
辛うじて会話はできているものの、志保先輩の言ってる言葉の意味は理解できないでいた。手作りのチョコが渡せなくてなぜパンツに至ってしまったのだろうか……その思考の残念さが志保先輩の美貌に泥を塗っている様に思えた。
「市販のチョコでも良かったと思うんですけど」
「どうせなら手作りの方がいいんじゃないかしら?」
「それはそうですけど、市販のチョコとパンツなら市販のチョコなんですが?」
「パンツは嫌いなの?」
「好きって人はあまりいないと思うんですけど……」
パンツが好きって公言する人なんてそうそういないだろう。ってか目の前で綺麗な女の人がパンツを連呼するのもどうかしてると思いながらも、目を背けたくなる様な現実の前には何もかもが無慈悲だった。
「男の人はパンツが好きだってネットで見たわ」
「どこのサイトですかそれ。もっと他にも引っかかりそうなのになんでそんな変な検索結果に引っかかるんですかね?」
漫才をしている様なボケの応酬にツッコミが追いつかないし追いつけない。お金持ちとは、こうにも常識やその他諸々が破綻してしまうのだろうか?
「はぁ……もう帰っていいですか?」
「ダメよ、キミはまだ私と付き合うって言ってないわ」
「頼まれても無理なもんは無理なんですよ」
「私のどこが嫌なの?」
「嫌ってゆーか、明確に好きって気持ちがないので付き合えないって感じです」
「そっ、ならいいわ」
先ほどの反応とは違い志保先輩はあっさりと返してきた。女心と秋の空、っにしても気が変わるの早くないって思ったが、そんな俺の予想は見事に打ち砕かれることになってしまった。
「キミが私を好きになるように、私頑張るから」
「……はい?」
「落として見せるよ、キミの事!」
そう言ってはにかんで見せた志保先輩の表情は優しかった。でも、そんな事で揺れ動く程純情でもないしピュアでもないし惚れやすいわけでもない。第一こんな危ない橋を誰が渡るかよって思いながら、屋上を去っていく志保先輩の小さな背中を見つめていた。
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《令和コソコソ噂話》
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