何故か知らないけど年上美女にパンツ貰った挙句に、付き合いなさいと命令口調で言われたんだけど……?

能登 絵梨

第1話 出会いはパンツと共に


 二月の気候は寒暖の差が激しく急に冷たくなったと思えば、また不意に温かくなったりとで体調も崩しやすい。そんな女心のような変わりやすい気候のデメリットにあてられた人の一人が俺だった。外では冷たいであろう風が窓を鳴らし、いつもと変わらずノックをしないで入ってきた母親は温かいお粥を運んでやってきた。


優一ゆういち、お粥できたけど食べれそう?」

「あーうん、大丈夫」

「テーブルに置いとくから自分のタイミングで食べてね」

「うん、ありがとー」


 母親は端的に用件だけを言って済ませて部屋を出て行った。

布団から起き上がり鏡を見ながら寝ぐせの立ったソフトモヒカン気味の黒髪をくしで整えるが、重力に逆らい寝ぐせはすぐにそそり立ってきた。そのままテーブルの前に座って、白い湯気を漂わせ白と黄色のグラデーションが俺の食欲をそそってくるのが分かった。


「いただきます」


 誰に聞こえるわけでもないけど、食に対してのありがたみを込めた言葉を、なんの感情も込めずに発してスプーンを使いお粥を食べ進める。

 出来立てなので息を何度か吹きかけ、気休め程度に冷ましながらお粥を咀嚼すると口いっぱいに卵の香りが漂ってきた。


「うめぇな」


 あまりの美味しさに酔いしれていると、ふと壁に掛けてあるカレンダーに目が止まった。ある日付が赤丸で囲ってあるが、それを眺めては溜息を零す。

 二月の十四日はバレンタインデーの日だ。その日は全人類にとっては聖戦とも呼べる特別な日で、リア充と非リア充の差が露骨に表れる日でもあった。


 俺、古賀こが優一ゆういちには彼女はいない。もう一度言おう、彼女はいない。けど、このバレンタインデーを経て彼女ができるってイベントだって少なからず存在はしている。さらにバレンタインデーは女の子が男へと告白するケースが極めて高い。

 自分から告白するとなんか一方的にラブ感が先に出てしまい主導権を相手に握られてしまうが、相手からの告白であれば、死ぬほど嬉しかったとしてもまぁ、そこまで言うなら付き合ってやっても構わないぜ? みたいに大口を叩けるのだ。


 このビッグウェーブに乗り、スクールライフで彼女持ちと言う至高のリア充になる為、夢のハイスクールドリームを掴む為にもこのバレンタインデーと言うイベントは欠かせない物だった。

 チョコを貰う為に自分を磨いた。朝は早く起きてランニングをして、家に帰ってからは自重トレーニングをし、慣れないながらも雑誌を使いながらワックスの付け方も学び、たまに校則で引っかかり髪を洗わされ、今流行りの音楽をダウンロードして覚える。


 まさに完璧なシナリオ。今までの苦労は全部今日の為にあると思っていたが、そんな意気込み虚しく急に始めた運動などに身体がようやく悲鳴を上げ現在に至る。この日の為に姉ちゃんの部屋からパクった香水も用意したのに、なにもかも全部が水の泡になってしまった。


「俺のハイスクールドリームがぁ……」


 今年のチョコレートも無しだと、生まれてこの方十六年も貰ってないってことになり、また一年記録を更新してしまう。俺の家は母親も姉ちゃんもくれやしないから、本当に誰かしらに貰うしかないのだ。去年は俺の横の下駄箱のヤツが引出しを開けると溢れんばかりのチョコを落としてきやがって、軽い殺意が芽生えたくらいだった。


《俺、甘いの苦手なんだよんな~》


 なんだよそのセリフ。大量にチョコを貰ったシチュで俺も言ってみたいぜそんなセリフ。勉強もできてスポーツ万能でクラスのムード―メーカーならそりゃモテて当たり前ではあるけど、それにしても偏り過ぎてない? 

 選挙権だって国民一人につき一票なんだからバレンタインのチョコも一人一個で良くない? なんなら誰か下駄箱の場所間違えて俺の所に入れてろよなんて軽い愚痴を零してたのは今でも覚えてる。


 そんな過去の暗い思い出を払拭したくてハリきったらまさか挑戦権まではく奪されてもう真顔で笑うしかねぇよ。やりきれぬ思いを枕に吐き出しても気持ちが晴れる事はなかったし、結果的には去年のバレンタインより悲惨な結末を迎えてる事実に頭を抱えてしまう。


「この際義理でもいいんだけど……」


 甘い物好きだし、義理ならまだ親しい女友達はいるよって思えてまだ幾分かはセーフな気がした。けど、どんなに愚痴を零そうが、どんなに切に願っても今目の前にあるお粥がチョコになるはずもないし、家にチョコが届くわけでもないし、ただしばらく引きずって生活していくんだろうなって思った。

 そのままお粥を食べ進め、平らげた所で見たくない現実を見ない為にも俺は布団に潜り寝る事に専念した。









 二日後の十六日に風邪は治り、寒空の下首元に赤いマフラーを巻きながら学校へと向かっていた。今朝の登校途中でやけに男女のペアで登校する学生の姿が見受けられるが、一昨日のハイスクールドリームを掴んだ若者達の勝利の行進なんですかね? 

 その眩しい程にキラッキラした姿は見ていて俺のライフがどんどんと減っていくが、それでも前に進まなきゃいけないという苦痛。


「はぁ……」


 吐き出された白い息は俺の願いの様に色濃く、そしてすぐに風に流され跡形もなく消え去っていく。道端のアスファルトを蹴り飛ばそうとしたが、前にも同じようなことをして爪が割れたので思い留まる。学校に近づくにつれ、バカップルが多くなり自然と下を向いて歩いてしまう。

 リア充の群れと言う名の死海の波にのまれながら非リア充の人権の無さを感じつつ、悲壮感を漂わせながら下駄箱に向かい扉を開けた。


「ん?」


 扉を開けるとそこにはそれなりの厚みのあるピンク色の箱が上履きの上に置かれていた。開ける場所を間違えたと思って一度扉を閉めてから、自分の下駄箱である十八番の扉を開けると、そこにはさっき見たピンク色の箱が上履きの上に置かれていた。番号をもう一度確認しても合っているので俺は間違っていない。


《古賀君へ ハッピーバレンタイン 放課後に待ってます》


 取り出した箱の上蓋には黄色の星型の付箋紙でそうメッセージが書かれていた。俺は冷静になり一度箱を元に戻して下駄箱の扉も閉め、一回深呼吸をした。


「マジ?」


 そう思った瞬間にもう一度下駄箱を開けて上履きに履き替え、ピンク色の箱の入ったバレンタインのチョコをカバンにしまい全速力で男子トイレへと向かった。一番奥の個室に入りすぐさま鍵をかけてから、声にならない声を上げながら右手を天高く突き上げた。何度も何度も拳を突き上げてその喜びをかみしめた。


 自分にもとうとう春がきたらしく、季節外れのその春はなんとも感慨深いものなのだろうか。俺はなんの躊躇いもなく箱のラッピングを開け、人生で初めて貰うチョコのそのご尊顔を拝もうと箱を開けるが、箱の中には更に袋に包まれた物が入っていた。


「割れない様にとか崩れない様にって配慮なのかなぁ~」


 だとするならば、几帳面で細かい所に気を配れる系の女の子なのではないだろうか? ラノベで考えるなら黒髪メガネで隠れ巨乳にありがちなタイプだった。その包んでいる袋からモノを取り出すと、ついにチョコは正体を現した。


「は?」


 俺が想像していたチョコの触った感覚はちょっぴり固くて、けど甘い香りが漂ってきて鮮やかな茶色だと思っていた。けど、実際のチョコは布の様にザラザラしていて、甘い香りなんて漂ってこなくて純白の色をしていた。

 布のような肌触りのソレは様な物ではなく間違いなく布だった。そのまま両手で持ってソレを広げてみる。


「これ、パンツだよな?」


 そう、箱の中に入っていたのは純白なパンツだったのだ。一旦冷静になり状況を整理してみよう。下駄箱を開けたらハッピーバレンタインのメッセージが付けられた箱が入っていて、トイレで箱を開けたら中に純白のパンツが入っていた。


「いや、意味分からないだろ……」


 何回考えても理解が追い付かなくなるが、多分俺の理解力がないわけではないと思ってるし、なんならこの現状の方が明らかに間違っていると思うんだけど。念のためスマホで調べてみたがバレンタインデーにパンツを渡す風習なんてどこにもなかった。

 一瞬このパンツ、本当はチョコなのではないかと思ったが肌触りが完全に布だしいくらチョコでもこの質感の再現性なんてないだろと考えを改める。


 上蓋の付箋紙に目をやると、放課後待ってますと書かれていたが場所の指定がされてなかったのでどこへ向かえばいいかなんて分からないし、なんなら二日も過ぎてしまっている。俺は風邪をひいて休んでたからすっぽかしたわけじゃないので非はないのはあきらかだった。


「もしかしてイタズラか……?」


 一瞬過ったのはクラスの連中の男子が俺に仕掛けたイタズラかと脳裏に過ってしまった。さっきまで一人有頂天になってた自分を思い出して現実を見た。

 確かに、こんな俺なんかがバレンタインのチョコなんて貰えるはずもねーよな。なにか秀でた物があるわけでもないし、冴えない俺にはオシャレだってブタに真珠と言われてもなにも言い返せない。けど、なにもしないよりは気を使ったり自分磨きをした方がいいだろう。そんな感情を多少の慰めにしながら、イタズラであろう箱とパンツをカバンにしまってトイレから出て教室へ向かった。











 なんとも言えない感情を胸に抱いたまま学校生活を過ごしていた。朝の喜びから絶望に変わりゆく様は見事に滑稽だったろうに。クラスの連中がヒソヒソと話しているのを見かけると俺の事なんじゃないかと変に勘繰ってしまう。多分それは俺の被害妄想に過ぎないのに、募る不安はそう簡単には拭えないのだ。

 長い一日が終わりやっと放課後になり、腹に溜め込んだ負の感情を二酸化炭素に乗せて吐き出せば、白い息として具現化され遠くの彼方へと消えていく。


 下駄箱の扉を開けて上履きをしまいローファーを取り出そうとした時にふと背中を引っ張られる感覚がしたので、後ろを振り向くと知らない女子生徒が俺を見つめて立っていた。リボンの色が青色なので二年生だろう。


「はい?」

「なんで無視するのよ?」

「いや、今返事しましたけど」

「今のじゃないわよ!」

「はい?」

「バレンタイン、キミにあげたのに放課後来てくれなかったよね?」


 あのよく分からないへんてこりんな物を俺にくれた張本人らしき人物が物申してきた。俺が待ち合わせ場所に来なかった事に相当ご立腹の様だが、そもそもあんな明確な場所も伝えてない手紙で何をほざいているのだろうか? ましてや俺は風邪で休んでたから下駄箱にそんなモンが入ってるなんて知らないし。


「俺、一昨日から休んでて今日学校に来たんですけど」

「え?」

「それに、このメモなんですけど。せめて場所くらい書かないと分からないですよ。もしくは名前」


 そう言いながらカバンの中に入れていた付箋紙を取り出して彼女に突き出した。俺の言葉を聞いた彼女は顔を真っ赤にしながら、考えるポーズをし始めた。


「状況を考えると私にも落ち度があって完全にキミを否定できないわね。今回は不問にしておくわ」

「不問って言うかこの件に関しては俺、1ミリも悪くないですよね?」


 とりあえずはイタズラではないことは分かったが、彼女の真意は未だに分からずにいた。なにをどうしたら異性にパンツを献上するのだろうか? そんな事を考えながらふと疑問が生まれてしまい、あのパンツはこの人が履いていた物なのだろうか? 


 改めてよく見ると黒く長い艶やかな髪をストレートに伸ばし、全体的に細身だがそれでも胸部は確かにあると確認できるほどには膨れ上がっていた。瞳の形は綺麗なアーモンドの形で、唇は艶やかな淡いピンク色って再認識した所でいろいろとヤバい案件が発生してしまう。


 このパンツを彼女が身に付けていた物だと認識し始めると、俺の中のリトル優一が過剰に反応し始めてしまった。俺はまずいと思いその場からすぐに立ち去った。


「あ、ちょっと待ちなさい!? 話はまだ終わってないわ!」

「ちょっと今はタンマっす」


 逃げる俺と追いかけてくる女子の先輩。俺は帰宅部だが、バレンタインの日の為に続けてきた筋トレやランニングのおかげで一目散に彼女と距離を開ける事に成功して、屋上へとたどり着いた。屋上のフェンスにもたれかかりながら乱れた呼吸を整えていると、屋上の扉が開く音が聞こえて、入口に目をやるとさっきの先輩の姿があった。


「マジかよ……」

「急に逃げるなんて卑怯じゃないかしら」

「身の危険を感じたので」

「なによそれ?」

「男にしか分からない気持ちです」

「そんな事はどうでもいいけど、私の名前は三島みしま志保しほ。志保さんて呼んで欲しいわね」

「って先輩のくれたアレなんなんですか?」

「志保さんて呼んで欲しいって私言ったわよね? 日本語が理解できないのかしら」

「俺の質問に諸々と答えてないあんたが言いますか……」


 そんな溜息も束の間、俺との距離を一気に詰めてきた先輩は、風のように軽い身のこなしで俺の視界を先輩の顔で覆いつくした。そして訪れるのは柔らかい感触とほんのりとストロベリーの味がする、文字通り甘いキスだった。


「ん~!?」


 咄嗟の出来事で上手く反応できなかった俺も、ようやく現状を理解し始めて先輩を引きはがす。先輩と俺との間に惹かれた銀色の糸が重力に逆らえず下へと落ちていく。


「古賀優一くん」

「は、はい……?」

「私と付き合いなさい」

「は……?」


 衝撃的な展開が多すぎて俺の脳には盛大な負荷がかかり、思考回路はショート寸前だったが、そんな最中にも一生懸命に思考を巡らせた。


 どうやら俺はバレンタインデーにチョコの代わりにパンツを貰い、それをくれた張本人からキスされ、付き合いなさいと命令口調で言われたらしい。





————————————————————



《令和コソコソ噂話》


 第1話読了してくださりありがとうございました! 


 たくさんのお気に入り登録、★評価や感想を頂けると今後の励みにもなりますので、是非よろしくお願いします……!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る