第3話 おかず交換ではしゃぐ先輩


 学校の授業と授業の間の休み時間は、先程までの静寂が嘘の様に騒ぎ立てられるし、先生の愚痴やプライベートな事、このあとの予定など会話内容は様々だった。そんな中俺は一人読書をしていた。誰に話しかけるわけでもなく、誰に話しかけられるわけでもなくただひたすらに縦に綴られた文字を読み進めていく。


 別に、一人でいる事がつまらなかったり感じる事なんてなくて、むしろ一人の方が自由で楽だ、なんて強がりを胸に秘めながら、心の中は悲しみの雨に降られている。他人の顔色伺いながら慎重に言葉を選びながら友達ごっこをするのは嫌だし何よりめんどくさいもんね……そうだよね……友達なんて要らないよね……


 昼休みも普段と変わりなく一人で弁当を食べ、そのあとはすぐに本を読む。こんな当たり前のなんて事ない日々のサイクルが心地よくはないが常になっている矢先の出来事だった。


「私的にはコッチの方がアロマの香りで心身共にリラックスできると思うんだけど」

「…………」

「キミはどう思う?」

「…………」

「もしかして聞こえてないのかしら?」

「…………」

「あのね、私的にはコッチの方がアロマの香りで——」

「……聞こえてますから。聞こえてる上で無視してるんですけど」


 俺の目の前の席に座りアロマの香りがどうのこうのとアレコレ言っている女性の名前は三島志保。俺の学校に通うお金持ちの令嬢様で、学年は俺よりも一つ上だった。つい先日に志保先輩から特殊な告白を受けたが俺はそれを断った。


 理由は至極簡単なもので、そんな金持ちの令嬢が一般ピーポー且つ陰キャな俺に告白なんてしてくるはずがなく、絶対に裏があるのは分かりきっているからだ。あの時屋上で見せた表情志保先輩の表情がそれを物語っていた。


「ってか、ここ一年の教室ですけど?」

「知ってるわよ。私もそこまでバカじゃないわ」

「じゃあなんでここへ?」

「お昼ご飯食べる為に決まってるじゃない」

「なんでわざわざココに来てなんですか?」

「決まってるじゃない、キミと食べる為よ」


 さも当たり前かの様にそう発言しながら一緒に持ってきたカバンからお弁当箱を取り出していた。女の子にしては大きめの弁当箱だが、その中には色とりどりで栄養が考えられている様なおかずが並べられていた。


 使われてる肉とか野菜は高級品なんだろうなと思いながら、きっとここで抵抗しても意味がないので俺は自分のカバンからお弁当箱を取り出した。中身は当然、白飯以外は冷凍食品が8割を占めてもはやオンパレード状態だった。


 まぁ、朝早くから起きてお弁当を作ってくれるんだから、別に冷凍食品だらけでも文句は言えないし、むしろそれでもありがたいと思ってる。けど、目の前に置かれている志保先輩の弁当を見るとどうしても自分の弁当のレパートリーが目劣りしてしまう。


「それが世に聞く……日の丸お弁当……」

「へ?」

「実物は初めて、見たわ」

「マ?」

「ま? ってなに?」

「あ、本当に? って意味です」


 俺のどこにでもあるありふれたお弁当を興味津々に見始める志保先輩。こんなお弁当そんなに観察する意味なんてないと思うのに、やはりこの人はどこか人とは感性が違うらしい。


「その黄色いのは卵焼きよね?」

「はい、そうですけど」

「卵焼きは甘いと聞いた事あるけど、それは本当?」

「あー、うちのは確かに甘いですね」


 どこの家庭も甘いわけではなく、それぞれの家庭によって味は異なるだろうが、うちは昔から卵焼きには砂糖を入れていた。その情報を知った瞬間に志保先輩は俺の卵焼きをジッと見つめていた。


「あ、あの」

「な、なんでもないわ」

「卵焼き」

「べ、別に甘い卵焼きを食べてみたいとか、一口味見したいとか思ってないからねっ!?」

「いや、そこまで言ってないし、なんなら自白しましたよね?」


 どうやら目の前にいるお嬢様はこの砂糖の入った卵焼きが食べたいらしい。俺は卵焼きを一個掴み志保先輩にあげる為にお弁当箱の蓋の上に乗っけた。


「え?」

「食べてみたいんですよね? 甘い卵焼き。二つあるのでどーぞ」

「そ、そんな悪いわ……」

「気にしないでください」

「な、なら交換にしましょう!」

「交換ですか?」

「そうよ、私だけ貰ってもフェアじゃないもの」

「いや、そこまで気にしなくていいんですけど。たかが卵焼き一つに」

「……したいの」

「はい?」

「お弁当のおかず交換……してみたいのよ……」


 あ、可愛い。いいですねこれ。頬を染め恥じらいながらそう言う志保先輩はめちゃくちゃに可愛かった。これが素なら破壊力抜群だし、演技なら演技で魅せられてるからすげーなってシンプルに思う。


「したことないんですか?」

「はい……未経験です」

「なら、しますか?」

「し、してくれるんですか!?」

「まぁ、志保先輩がいいなら」

「じゃ、じゃあね……何が欲しいか選んでくれる? キミの口から」

「俺が決めていいんですか?」

「うん、キミに決めてもらいたいなぁ……!」


 この会話を文章に書き表したらなんか卑猥に聞こえてしまうかもしれないが、これは立派なおかずの交換の会話である。あ、そっちのおかずじゃなくてお弁当のおかずね。120%健全な話ね。


 俺は志保先輩の選り取り見取りの魔法の玉手箱の中からアスパラベーコンを選んだ。志保先輩はそれで満足した様で、フタの上に置かれている卵焼きをひたすらに見つめていた。やっと口に運んだと思えば、この世の至福の様に頬を緩まして、綺麗なアーモンド形の瞳は一本の線になり緩やかなカーブを描き、それは満足しているとも取れる表情だった。


 可愛い、ただただシンプルに可愛い。交換したアスパラベーコンの味が分からないくらいに可愛さに魅了されていた。そんな彼女を見ながら次に手に取ったのはこれまたシンプルなタコさんウィンナーで、それを口に運ぼうとしたら、またしてもそれを志保先輩が眺めていた。


「タコさんウィンナー……まさか存在しているなんて……」

「食べます?」

「い、いえ……」

「志保先輩。そのトマト食べたいんですけど、交換しませんか? このウィンナーと」

「え……?」

「志保先輩が嫌なら諦めますけど」

「い、いい……! いいわよ! ぜひ!」


 一発でスイッチ入った志保先輩の姿は無邪気な子供の様で本当に可愛かった。タコさんウインナーをフタの上に立てて乗せると志保先輩は子供の様にフタを回して全体的に見たりして楽しんでいた。


 これが一般ピーポーと金持ちの差なのだろうか。それにしても今日の志保先輩の可愛さは増し増しで、こんな可愛い人となら付き合ってもいいかななんて脳裏を過ぎったが、それを振り払う。これだけ違いがあるんだから、どう考えたって俺と志保先輩が混ざり合うことはないし混ざり合えないのだ。


「ありがとうね!」

「はい」


 急に訪れた嵐のとうな昼休み訪問は、想像してたよりも緩やかに時間が流れていた。




————————————————————



《令和コソコソ噂話》


 第3話読了してくださりありがとうございました! 


 たくさんのお気に入り登録、★評価や感想を頂けると今後の励みにもなりますので、是非よろしくお願いします……!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る