第6話


 「人間は生を終えれば罪に応じて死後働く。これは実はそんなに珍しい話って訳でも無いんだ。例えば皆が知ってるゾンビと言うのも元をたどれば死後の刑罰で、この死後と言うのは肉体的な意味も社会的な意味も含まれている。……もっぱら後者だがね。」


女性、八木牡丹やぎぼたんはかなり饒舌な元人間のようだ。

一つ質問すれば求めている事以上の事を回答する。しかし脱線しているわけでもなく、補足を絡めてより回答を強固にするような具合に。


「話として現代でよく聞くという意味で身近な例を挙げるとそうだな……スパイ作品なんかにもゾンビと呼べる存在が居たりするね。元の身分を消して、存在しない人間として、社会の裏側に存在する。社会的にはが働いているんだからこれもゾンビと呼べるだろう。少々こじつけのような気もするがね。」


牡丹の風貌を改めて見てみる。


黒のベレー帽から覗く髪の色はかなり色味の薄い茶色……ミルクブラウンで、スフィラが話していた通りこの特徴は死神、というより幽体のソレだろう。

茶縁ちゃぶちの丸眼鏡の奥には赤い瞳がこちらを見据えており、向こうもまたこちらの印象を伺ってるように感じた。


特徴的なのが左右でアンバランスな長さをしている横髪で、向かって右側の横髪が肩まで垂れているが、反対側は耳にもかかっていない。

話している際には基本的に弄っていて、これは恐らくクセなのだろう。特に気にはならないが、覚える特徴としては目に付いたレベルだ。


「さて、次は死神が何をするかって所かな。これは物凄く簡単で、魂を刈り取るだけさ。それ以外に説明しようがない。」


「刈り取る……ねえ。」


「これに関しては一度見て貰わないとなかなか理解が及ばないと思う。私もそうだった。そうだな……写真を撮るような感じだ。昔から『写真を撮ると魂が抜かれる』なんて言うだろう? 難しく考えない方が良い。」


この辺りはスフィラにも2,3度言われた。言われた事を言われた通りにこなして怒られた際の対応は心得ているので、そういった不安は無いのだが。


「なんというかやる事、やれって言われたことは大雑把には認識してるんですよ。ただ……」


「ただ?」


「あくまで僕の価値観というか、認識でしかないんですけど。死神が元人間なのはいい。だって、決めおしつけられたんだから。ただ誰を、とかどういう理由で、とかが不透明だと流石に不安というか。」


「なるほどね。君は例えば部品を作る際全体像をキッチリイメージして何処のパーツかという事を理解したいタイプか。ところで有為君って呼んでいいかい? 代名詞を使うのは好きじゃないんだ。」


「そんな感じです……どう呼んで頂いても構いませんよ。」


「ありがとう。で、その割には現状の死神のお仕事をする事には従順と。……そうなると少し考えの軸がズレてないかい? 全体像のイメージをするのは良いとして、有為君はついて来るだけだったんじゃないかい?」


やや鋭い指摘が入ったがその考えは違う。


「いや、言い出せばキリは無いですよ。正直従う義理なんて無いとまで思ってます。ただ、あのスフィラって子に連れられた時間を思い返すと、僕らがもう人の粋に居ないっていうのは重々理解できたんです。」


「そこだ。スフィラに言われて、イヤイヤ付いてきたんじゃないだろうね? 正直に言うが、今は彩葉有為という人間を計っている。それに自分が今どういう状況下にあるかをどの程度把握してるかによっても説明のスタート地点は変わるからね。」


赤い目がより鋭くなる。こちらの目を貫通して脳裏にまで突き刺さる視線を放つ瞳をよく見ると瞳孔がやや縦長で、猫やヘビのような目をしている。


騙そうとする話し相手がこんな視線を向けてくれば言葉に詰まるだろう。

もっとも、僕には関係ないが。


「自分が今どういう状況に置かれているのか、それを知るために自分の意志で付いて来ました。勿論、その上で必要がある仕事であれば人も殺める覚悟で。」


「成程……ね。その言葉は覚えておくよ。」


前後不覚。真夜中の海に浮かんでいるように、まるで自分の周りの事が分からない。

ただそれでも言われるがまま、促されるままではなく、自分の意志で覚悟を決めてここまで来た。


実感は薄いが、一度死んだ身だ。恐れる物などそうそうないだろう。

そういう甘えた思考も少しあるかもしれないが。

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