第5話

 「食事は仕事のパフォーマンスを上げるためには本当に大事で甘く見ちゃダメなんですよ。特に炭水化物は脳のエネルギー源になるから朝はちゃんと食べなきゃなんです。具体的にはご飯やパンや麺等ですが、朝なら前二択が良いですね。」


熱弁を聞く少女スフィラは目もくれない。


「パフォーマンス以外にも大事で影響する部分があるんですよ元人間には! 具体的には体内時計を整える役割があるんです。 例えば昼ボーっとするのは体内時計が乱れてる証拠で、朝ごはんを抜いたりしたときに頻発する現象なんですよ。 コレがあるから私は欠かしたことが無いんですよね。 ……その上で! 今日は偶然ちょっと時間をかけすぎてしまったっていうか。」


なおも目をくれない。


「あ! これは良い訳とかではなくて事前、いや事後報告と言いますか……何をやったか、何をしてしまったかの報告は必要だと思って、何故その行動を行ったかの考えまでも述べないと説得力が生まれないかな? という判断の上で報告している訳でありさっ、まして……」


「……噛む位なら端的に述べなさい。」


「えと……その、朝ごはん多めに食べてたら時間を忘れちゃってて……すみません……。」


「よろしい。 新米のミスなど当人が思う数倍は軽微です。」


「はい……すみません……。」


「仕事内容は忘れていませんね?」


「はい! そりゃあもう! ……昨日から変わり無ければ。」


「ありません。 その上であとは任せます。 彩華さん。」


「え? あ、はい。」


「私は去りますが、コレの指示に従ってください。 もし何か間違いがあっても上はコレのミスとして処理するのそこは安心を。」


「はぁ……。」


そう言ってスフィラは去ってしまった。


去ると言っても移動方法は目視しても分からなかった。

アニメ等で怪盗が煙と供に姿を消すような要領で、しかし煙どころか埃すら立たせずに少女の姿の輪郭がぼやけ、次第に見えなくなってしまった。瞬きすればそこにある様に見えるのは目に映った残像のみ。

あと2,3回も瞬きすれば何かがあった場所も何処だか分からなくなってしまうだろう。


……ホント、夢なら良いのに。


恐らくそんな心の本音が思わず顔に出ているだろう。確認する術は無いが。

なんだかんだ目の前の非現実を受け止めて……いや受け流して来たが、正直そろそろ限界に近い。


神経的な疲れを感じ強く目を瞑っていると声がかかった。


「君が彩葉有為いろはういだね?」


「え、ええまあ。」


「スフィラから話は聞いている。……と言いたい所だけど全く聞いていないんだなコレが。放任主義なんだよね彼女。忙しいらしいけど困るよね~。」


「……。」


「まあまあ安心したまえ新人君。何も聞いていないとは言っていないだろう? 君と同じくだ。 つまり先輩だからなんでも聞いていいぞ? ま、実際の所死神になったのは先月の話だから殆ど同期みたいなモノだけどね。」


元人間の死神。耳が現状に耐え切れず幻聴を生み出したのでなければ、確かにそう言った。

この感情は恐らく漸く人に会えたという安堵だ。人の形をしていても醸し出す雰囲気がヒトのそれではなかったスフィラと話しているだけで、少しストレスを感じていたようだ。



「人間……なんですか?」


「モト、だけどね。何か質問があるのかい? どう見えてるかは分からないけど、こう見えても人間時代は良き先輩として……」


「教えてください。僕は今どういう状態なんですか!?」


かなり強引ではあるが、質問にこぎ着けた。

食い気味で問いかけた僕の姿を、のちに『余命宣告された患者』と称されたのは別の話。

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