第4話

 黒い空が見えない程の灰色の雲、薄く淡く月の光が見えなくも無いが、しかし月は見えない夜。


空だけ見れば僕の趣向で言えば悪くないのだが、その代わりと言ってはなんだが地上部分が悪い。この環境には身に覚えがある。


生まれてから死ぬまで、そして死んだ後も一度も外に出たことがない国、日本だ。


因みにさっきまで居た川……アレが僕らの認識で言う賽の河原らしい。


僕の知識だと賽の河原は彼岸と此岸の境目になっているモノ。…と言う認識だったが、実際の所はあの世からこの世に向かって流れている河だった。


あんな桶を2,3段階レベルアップさせただけのような舟で、地球はおろか日本領土、それどころか香川辺りの範囲の管轄だとしても、死人の魂を運べているとは到底思えなかったが、聞くところによるとつい最近に鉄道が敷かれたそう。効率化の波はあの世にまで届いている模様。


今回は急ぎでこの世たる現世、人間界に戻る必要があったので舟を使ったが、帰りは時間さえ遅れなければ列車で悠々と帰れる模様。出来ればこの世に留まっていたいが。


「相変わらず酷い環境ですね……。」


「いやもう、おっしゃる通りで。」


慣れというの物は怖い物で、ネガティブな意味で使うときは『感覚の麻痺』を2音に押し込んだだけに過ぎない。

身近な物は一旦離れないと正しい評価が出来なくなってしまうのだ。


つまり何が言いたいかと言うと……日本の空気は物理的に凄く悪い。



 さて、今僕らが居るこの場所は建築物等から日本であることは伺えるのだが、日本の具体的に何処かと言うのは皆目見当が付かなかった。


自慢ではないが、住んでいる県から出たことは数えたほどしかない上、その出身の県の事も当然くまなく知っているハズもない。

生活圏から離れればそこはもう見知らぬ土地で、地続きの場所である……ぐらいの事しか分からくなってしまう。 


そんな人間が一度人知を超えた力で日本から離れて戻ってきたのだ。日本語が見えるから日本、ぐらいの雑な推理でしか現在地が分からなくなってしまう。


ちなみに、生前いつも持ち歩いていたスマホや財布等は持っていなかった。




 「そろそろどこに行くのか教えて欲しいんですけど。」


「……そうですね。見えるとは思いますが、もう少し待ってください。」


かれこれ10分ぐらいは待機していた。若干はぐらかされてしまったが、場所が「見える」のであれば多少のヒントにはなるだろう。

ひょっとすると見渡せば既に視界にとらえる事が出来るかもしれない。そう思い辺りを見回してみる。


普段は見上げるであろう巨大な建築物を見下ろしているのは滅多に無い経験だろう。

ビル等の工事用のタワークレーンが見下ろせる位置にあった。どうやら工事中の建物がある模様。


何か現在地が掴める特徴的な建物は無いかとさらに見回す。


窓のない曲面と、大きく書かれた鉄道会社、そのしたに駅名等々が描かれた壁が特徴の建物が目に付いた。難しい漢字でもない上、特殊な読みも使わないであろう駅名なのでふと声にでた。


「参ノ宮……?」


聞こえたのか聞こえていないのか、スフィラの反応は無い。高高度特有の風が鳴りやまないが、恐らく聞こえている上で無視しているのだろう。まだ短い時間の関係だがそれくらいは分かった。


しかし参ノ宮といえば訪れるのは初めてだが予想している以上に元の住まいから離れておらず拍子抜けだ。ここから一時間もしないうちに辿り着いてしまうほどに近い地域だった。


「何されるのか分かったもんじゃないし、日本じゃないどころか地球じゃないまでは覚悟してたけど……参ノ宮って……。なあ、ここで何するつもりなんだ?」


「死神がする事なんて一つしかありませんよ。いついかなる時代も。」


かなり気が抜けた声で問う僕に呆れながらも簡素に答えた。

確かにその通りなんだろうが……。



 改めて出会ってからこれまでの事を思い出してみる。具体的には仕事の説明を受けたあたり。


死神の仕事は一つ。魂を刈り取る事。


基本的には人間、時には神などの程度の違いはあれどその基本原則は変わらない。

何故その相手を、等細部の疑問点は色々あるが……今度聞いておこう。


「さて、私が付き添うのはある人物にあなたを引き渡すためです。」


「あぁ……。え?」


「私の仕事は多いので。……それに、地理に詳しい者に任せた方が効率的ですので。」


「そういうもんか……その人マトモなんだろうな?」


「マトモの基準は分かりませんが、貴方と相性は良いように見受けていますよ。」


「ロクデナシか。」


もうなるようになれ、だ。

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