Substory2 秩序と死

 死神にされそうな人間は一人唸っていた。


「むぅ……落ち着かないな……。」


「静かにしないなら返してください。」


そう言いながら手に持っていた鏡をスフィラに没収されてしまった。

と言うのも、自分の髪色が変わったと聞いてしっかり確認せずには居られなかった。が、その時身の回りに自分の姿が見れるもの等、せいぜい水面だけだったのだ。


ここは三途の川。 上流は冥界で、下流は現世。


あまりそういった超常の物への理解は無いのだが、落ちればただでは済まないそう。

身を乗り出して水面を鏡として自分の姿を写していると、見かねたスフィラが何処からか手鏡を出してくれた。


ここは僕の配慮が足りなかった点なのだが、乗っている舟はかなり小さい。

そこに乗っているのが二名で、片方はかなり小柄。もちろん目の前にいるスフィラの事だ。


そんな中、平均的な成人男性……だと思っているのだが世間的にはやや、いや結構細いらしい。


しかし平均より下に見積もっても体格の差は歴然。

そんな男が身を乗り出すのだ。

そりゃあ揺れるし傾く。


……相乗りしている相手はたまったもんじゃないだろう。


とは言え、かねてから感じていたもう一つの違和感の正体を目視せねば気が済まなかった気持ちも理解して頂きたい。


「なんていうかな……僕ら人間のイメージする死神って結構異形な感じなんだけど、コレ余りにも普通っていうか、全然見た目が人間な気がするんだよね。服も相まって全然人間。」


そう、服。


率直に言うと動きづらさがある。おろしたてのスーツのような感覚がある。

……というのもつい最近スーツを着せられ、かなり不愉快だった記憶が残っている。

それにかなり近い感覚だ。


「死神の平時の……と言うより全般的な見た目はその魂の趣味嗜好、考え、思想などが強く現れます。」


「趣味。」


思わずオウム返しになった。


趣味と言われたが、確かに見た目に不満は無いのだ。

昔見たアニメ……かみ砕くと、町の自警団として主人公が活躍する。と言った内容だったのだが、その主人公の服装にかなり似ている。訴えられたら負けもあり得るレベルだ。


「死神の普段の容姿は、本人の秩序を保つ存在のイメージが具現化されます。 この時の容姿は基本的には人の形を保っていますね。」


なるほど。そう言われるとあまり見た目自体に違和感はない。

となると来ている感覚の違和感だが、これはもうどうしようもないだろう。


「この時以外ってのは例えば何がある?」


「死神として業務を全うする時の、いわば作業服、または制服ですね。 仕事をするときには姿が変わるというよりは逆、仕事をしないときは人の姿を保つ……と言うべきですかね。」


「じゃあその仕事服っていうのはTHE・死神みたいな仰々しい見た目になるのか。」


「そうとも限りませんよ。 有り体に言うと、死のイメージが死神としての姿になります。もちろんあなたの。」


「死か……。」


そう言われて改めて死について考えてみるが、特に何も思い浮かばない。

イメージというのは表面的な考えではなく、深層心理的な考えを指しているのだろうか?


確かにそうでないと人が死神になるケースだとしょっちゅう見た目が変わるだろう。

少なくとも、考えがあまり一貫しない僕の場合はそうだ。



 そうして自分の死に対するイメージを探っていると、初めてスフィラから話しかけられた。


「意外と考えているようで正直安心しましたよ」


「安心って……え?」


「いえ、自分の説明に不足がある等とは微塵も思っていないのですが、かといって『はい、分かりました』とだけ言われても不安があるものなんです。 少なくとも私はそうです。」


「ああそういう……。」


要するに自分の説明力じゃなく相手の理解力に不安があるのだろう。

こうして自分から質問する人間は好感が持てる……と。


 改めて思い出すと、面接のような印象を受けた会話をしたばかりだった。

さっきの質問等が面接官たる相手への好印象になっているのであれば、かなり余計な事をしたのではなかろうか?


しかしこう見えてこの僕、面接となると百戦百敗、そういう星の元に生まれたのか?と言うくらい通過率が悪い。文字通り負け戦の百戦錬磨だ。

死神にならなかった場合の僕の処遇などあまり考えたくは無いが、あまり面倒な道も歩みたくない。


過去の結果を鑑みるに、今回の動きは間違っていないと信じて、再び舟の揺れに身を任せるのであった。

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