第3話

 少なくともこの何処とも分からない川を上る舟の上で唯一、少女の無表情が崩れた会話だったと思う。

どういう受け答えをしても気味の悪い無表情は崩さなくて、なんだか絵と話してるような気分になっていた。


「……一応、理由を聞いておきましょうか。」


「理由ねぇ……。」


一応断っておくと、本当に僕を殺した人に恨みが無い。

相手の顔も名前も分かる上に知っているし、なぜ殺されたかも納得はできないが理解はできる。

勿論死んだことに不満がないでもないが、それは十分諦めが付くレベルだ。


「逆に聞きたいんだけどさ、」


「まず答えてください。」


聞く前に遮られてしまった。


ちょっと、いやかなりめんどくさいタイプだなと直感で感じ取った。

質問に質問で返すのはこの子的にはNGなのだろう。


「どんな理由っていうか、どっちかというと理由が無いんだよ。怒る理由?」


「……。」


「自分の命が全てって訳でも無いでしょ? 心残りだとか未練だとか、そういうのは確かにある。 ……けど、それは言っても仕方がないだろ。ある程度の折り合いがついてるんだよ。」


怪訝な顔をしながら、本に何かを書き込んだ。

起きた事実は知っているが、思考等と言った部分は把握できていないのだろう。


だからこうして今確認されている。そう考えると割と合点が行った。


「……正直に言うと、自分の死をそこまで他人事のように言うのは気持ちが悪いです。」


「結構無念とかは感じてたりするよ?」


「ですが、分かりました。」


言い終わる前に、「パタン!」と言う本を勢いよく閉じた音で遮られてしまった。そして少女は改めてこちらを向く。


気付けば無表情に戻っており、最初に見た時の『人間っぽくない』不気味な感じが再び醸し出されていた。


「ここまでの会話から、私はあなたを死神にしても問題ないと判断しました。以後、私スフィラの管理の下死神として働いて貰います。質問があれば、今のうちに。」


「……は?」


まさかの合格判定。一体僕の話の何処を聞いて仲間にしようと思ったのか。

自慢ではないが、僕は生前の面接の結果は数十回行って1度もいい結果が残ったことは無い。


こんな死後のよくわからないタイミングで今更どうして……とはいえようやく聞きたいことが聴ける状況になった。


「これって強制?」


「はい。」


「もし、仮に、……拒否したら?」


「ここでの記憶を消して、このやり取りをもう一回最初からします。」


逃走への道は塞がっているどころか最初から用意されていないようだ。

ブラックにも程があるだろう。


その上断っても次にこの話を聞いた”僕”に判断を任せるだけで、もしその時の”僕”も次に回したらどうなる? その次も、そのまた次も回したら?


もしかすると既に何回か判断を後回しにしての今なのかもしれない。


「どうしますか? 嫌ですか?」


「……分からねえよ。」


「やるやらないを決めるのは今でなくとも良いです。ただし、”やらない”と言った回数分私の仕事が増えます。」


正直な所、気が進まない。

逆に考えて、この話で乗り気になるような人間はマトモな思考をしていると思えない。


かと言って断るという選択肢も事実上塞がれている。

陥っている事に気付けない無限ループ程恐ろしい物は無いのだ。


譲歩は大人の醍醐味。話が進まないので、まずはほんの少しだけ死神側に譲歩してみるとしよう。


「じゃあその……ずっと気になってた事片っ端から聞きたいんだけどさ、この状況って何がどうなってるの?」


あくまでこの代わり映えのしない地獄のような場所から動くためにも、なるべく提案に賛成とは言い切れないような答え方をした。


時間を確認できる物が無いので断言できないが、話を聞くだけでも一時間はかかったと思う。

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