三十九話「日常への一歩」

窓を開けると風がまだ冷たい。

2月も後半、俺だけ高校生としての生活に新鮮さを感じる。2月も後半になるとクラスの殆どはグループを形成し、より強固なグループへと変化しており、殆ど初対面だらけのクラスメイトに俺は馴染めないでいた。

家に帰り、パソコンへ向かう。


「やあ、みんな。今日はちょっとだけ雑談だ。ゲームは当分懲り懲りだよ」


配信を始める。こんな夕方に多くの人が俺の配信に集まってくる。


「でも、勉強に関しては習ってないのに問題は解けるんだよなあ。記憶はないのに何故か分かるっていうか……なんか変な気分な感じ」


雑談配信しながらリスナーと喋る。

いつもよりも圧倒的にコメントの流れが早い。

それもそうだ。警察署に置いてあったPCが俺の部屋に帰ってきた時、K1の配信ページを開くととんでもない数のアーカイブと見たことのない数のフォロワー数が表示してあった。特に俺が暴竜が逃げ出した12月の配信アーカイブと最後に俺が残した配信アーカイブは1億回以上の再生があった。

それも今回の事件は世間では「GMW事件」と呼ばれているらしい。

配信者は殆ど全滅してしまっていたらしく、残っていた配信者の中で前線に立っていたいたのは俺だけだったらしい。だけどゲームオーバーした他のプレイヤーも無事こちらの世界に帰れたと言うから不思議だ。一体誰が何の目的でこんなことをやったのか。未だに何も分からず仕舞いだ。


「学校生活は楽しいよ。今はまだ馴染めてないけど次の年は友達作るさ。あ、勿論みんなとの時間は削らないから安心してくれよ」


何分か話して、配信を終わらす。


「あ〜、久しぶりにみんなと喋れたなぁ。なんだか懐かしいや」


布団へ飛び込んだその時、GEARに内蔵されている電話が鳴る。


「誰からだ、こんな時間に?」


GEARの画面をパソコンに映し出し、電話をとる。


「はい、どちら様で?」


「あ、K1君?」


俺のハンドルネーム、そしてこの声は……


「ユイ、どうしたんだ」


「どうしたじゃないよー明日の集合場所!一向に返事が来ないからさ。わざわざこっちから連絡したよ」


……そうだった。後でGEARで連絡を返そうと思ってて後回しにしてた。


「ごめん、ごめん。集合場所は東京の喫茶店の……」


「ん、それじゃみんなそこに集合ね」


「ああ」


「オッケー、それじゃ明日、遅れないでよ」


ユイは電話を切る。

日常、だが少し違う日常。ユイやミストさんと知り合いになった日常だ。

二階の部屋から下りてリビングのテレビをつける。最近のテレビはGMW事件の話で持ちきりだ。


「犯人が逮捕されたって報道があったのに……まだこの話題引きづるのか」


一週間前、この事件の犯人は逮捕された。30代くらいで無精ひげを生やした男だった。GEARの制作者だと名乗り、実際にGEARの基となるプログラムが彼のPCに所有されていた情報から警察は逮捕したという。

見た時は凄く驚いたし、世間的にも大きなニュースになった。そしてその上でゲーム人口高齢化や独身のゲームにハマり引きこもりになった話題などが社会問題として取り上げられていた。

……正直うんざりするくらいだ。もうあれから二週間が経ったせいか、被害者という意識は薄れ、逆に他の人間が騒いでるのを見て、どこか他人事の様な感情が強まっていった。


「俺達はこんなに普通に暮らしてるのに、世間は全く平穏じゃないや」


カップにポットの茶をいれ、少しすする。


「それより明日の準備だ。色々買っておきたいものもあるし」


俺は二階の部屋でコートと手袋をつけ、厚めのズボンを着る。


「いってきまーす」


誰もいない家にそう言い、ドアを開ける。


目の前に白い雪が降ってくる。


「さっきまで雨だったのに……」


地面にはまだ積もっておらず、雪は水だまりに溶けていく。


「早めに帰ろう。今日は冷えそうだ」


俺は少し足早に階段を下りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る