三十八話「さようなら2つ目の世界」
刀身は体の中へメリメリと押し込まれていく。
筋肉の膨張で圧迫され、薄くなった皮膚を切り裂き、肉ごと切り裂こうと両手で柄を握りしめる。
これで……終わりだ!
自身の全体重を刀に押し付ける。
暴竜の体を振るいもがきながら暴れる。
正直体中にあざが出来るほどの攻撃を食らっていて、殆ど感覚は無かったがそれでも俺は刀を離さなかった。
皮膚を切り裂いてから数分の時間をかけ、遂に暴竜の首を切り取った。
戦闘時間三十分と数分。多大な被害を出した暴竜は、氷河ステージの中央付近で力尽きた。
「お、終わった……もうこれで……全て」
ドーパミンとやらが出てるのか、ふわふわとした気分になる。そしてそれと同時にこれまで味わったことのない解放感に包まれた。俺はステージの地面に横たわる。
そんな中、岩から声が聞こえる。
「発射!」
岩の裏側から声がする。
発砲音と共に落ちてきた岩が破壊される。
「K1さん!ユイさん!怪我はないっすか⁉︎」
穴の向こうからミストさんが顔を覗かせる。
「ああ……俺は何ともない」
「私も大丈夫よ」
俺は返事をするも何処か意識がぼんやりしていた。
「K1君!早くこれを!」
ユイが俺に耐寒ポーションを渡してくれる。
「いやすまない……んッ、ぷはあ〜」
飲み干すと体の奥から熱が発生していく。
「それにしても……やりましたね!遂に……暴竜を!」
「そうか……俺は、こいつを」
首のない暴竜の死体を眺めながらやっと討伐の実感が生まれる。
「やったね、K1君」
ユイは後ろから囁く。
「……ああ、とりあえず素材だけ持って帰って戻ろうか!」
後ろを振り返ると誰もいなかった。
え?
真っ黒な世界がそこにはあった。
さっき聞こえたユイの声は⁉︎また振り返る。そこも同じように真っ黒な空間が広がっている。
さっきまであった雪も、死体も、そしてミストさんやユイも何もない。
「何なんだよ……一体何が起きてるんだ?」
「実験終了、実験終了。コードを生存者に配布してサーバーへの接続を終了します」
無機質なアナウンスが響く。それと共にグラグラと空間そのものが揺れ始める。
どれが地面でどちらかそうでないのか。分からなくなる。
「変な夢みたいだ……うえっ気持ち悪い……」
ダメだ。頭がクラクラする。
…………………………
ブオォー
ん、この音は……目を開く。
見たことのない天井、若干匂うタバコの匂い。しかも少し埃っぽい。
「ここは……?」
音の鳴る方へ顔を向ける。
俺のPCのファンの音だ。
だけど……何で俺と俺のPCがここにあるんだ?
周りを見渡してみる。
やっぱりここは知らない場所だ。ドアも一ヶ所にしかないし、窓はあるがその先には格子がついていて外へ出られないようになっている。そして気づく。
「俺、帰ってきたんだ……あの世界から……よっしゃああ‼︎‼︎」
そうだ、間違いない。この世界はきっと、いや明らかに地球だ!俺は一通り叫び、ベットに飛び込む。
「帰ってきたんだ。やっと……」
戻ってきた喜びを噛み締めているとドアをノックする音がする。
「あ……どうぞ」
「失礼しますよ」
しがれた声がドアの先から聞こえる。
「おはようございます、阿笠さん」
中年のおじさんがドアを開け、中に一歩入ってくる。
「いや〜、びっくりしましたよ〜いつもならこの時間は絶対に寝ないはずなのに急にベットに入って寝てしまうんですから」
「は、はぁ……」
なんと言えばいいのか分からない。恐らく俺はAIによって同じような行動、生活を何十、何百回と続けていたのだろう。だからこそこのおじさんはこう言った……と思う。
「あ、すいません。自己紹介がまだでしたね。私こう言うものです」
胸ポケットから刑事ドラマでよく見る……確か警察手帳だったかを取り出す。
「まあこれを見てもらって分かってるのは思いますが、私警察官でね。色々聞きたいこともあるのでぜひ署の方に……」
理解が追いつかない。急に色々言われて、警察署に来てくれと言われても……
「何で俺が行くんですか?」
恐る恐る聞いてみる。おじさんは、顎に手を当て少し考える。
「いやぁ〜ここだけの話、まだ貴方しかイレギュラーを起こしてないのでね〜他にも貴方と同じ被害者が居るんですが、他の人達は今の所いつも通り活動してるのでね」
……他の奴らはまだこっちに戻ってきてないのか⁉︎もう俺がこっちにいるのに他の人はまだ……
「あ、勿論、イレギュラーの出た方から順にお話を聞きますから。自分だけこんなこととか思わないで下さいね」
「は、はい」
俺はそう答えることしかできなかった。そのまま部屋に連れて行かれ、色々聞かれたが警察署を出る頃にはほとんど覚えていなかった。
「一応、親御さんに連絡した所今すぐ帰ってきて欲しいとの事だったので今日はお家でゆっくりして下さい。貴方の荷物は後日お家の方に送りますので」
確か警察官のおじさんはそう言ってたな。
歩きながら街を見渡す。俺のいないうちに街も変わっている。新しい店が建ってたり、ゲームセンターは無くなっていた。歩いて数分、家が見えてくる。
「家は……あそこか」
家の前に立ち、ドアノブに手をかける。どうしてか自分の家なのに緊張する。
「この家も一年ぶりか」
ドアを開ける。
そこにはエプロン姿の母さんが立っていた。目元は赤くなり、涙を頬に伝わせながら。
「おかえり」
「あぁ……ただいま」
「全く……ゲームに人生振り回される所だったのよ!けい!」
「うん……」
ごもっともだ。こうなってしまうのは想定外だったが、元はと言えば俺の注意不足が原因でこうなった部分もある。
「でも……よかった……私のけいちゃんが帰ってきた……」
母親は涙を流し、俺に抱きつく。
「本当に……ごめん。ただいま……ただぁいまぁ」
ダメだ。涙が止まらない。嬉しさも惨めさも全部涙に変わり、二人合わせて玄関でバカみたいに泣きじゃくった。
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