三十二話「俺の作戦」
「……何だって?」
言っていることにただ困惑する。
「調査班ってあったでしょ。ほら討伐隊を中心に昨年の八月三一日。3つのグループを作ったじゃない?」
八月三一日、あのマップ上に蜃気楼が漂っていたあの時。
「ああ……そうだ。俺はその時ヴィスターさんの配慮で準前線部隊に置かれたんだっけか」
思い出すと同時にあのヴィスターさんがなぜそんなことを?という疑問が頭をよぎる。
「それでだけどさっき言った調査班、あれって前線では戦えないプレイヤーが行き着く場所なの。あの日にもヴィスターはそう言っていた。だけど、調査班をそうしたのはあくまで前線のプレイヤー達を減らさずに新しいステージの情報を得るため……つまり新ステージで自分達が安全に戦うための身代わりとして調査班を利用していたってことね」
そんな……
「それは……本当なのか?」
「うん、その証拠に調査班の持つ物資の履歴を見たけど……とてもじゃないけど行ってまた帰れるほどの物資じゃなかった。逃げようものなら多分帰る前に野垂れ死ぬ。だから……死ぬ事を覚悟して彼らは記録を残したんだと思う」
「だから、あの異常なぐらい早いペースで攻略できたってことか?」
「うん、おそらくね。多分原因は前線部隊の士気の下がり様にあったんだと思う。私は現場にいたから言えるけど相当ピリピリしてた」
「確かに前線部隊の奴等は割に合わないっすよね……誰かも知らない老人やVRゲーム初心者のために命を賭けて戦うなんて、馬鹿みたいな話だってなってもおかしくない」
俺の知らない、いや考えたことも無かった真実。
俺はこれ以上ヴィスターさんの行ったことに何も言わなかった。いや言えなかった。
「とにかくもうヴィスターさんの事はいいと思うの。あの人なりに考えた結果だと思うし」
「はいっす……それじゃ本題に行きたいと思うっす」
涙を堪え、ミストさんは最後の書類を机に置く。みんなで覗き込む。
「暴竜の討伐についてっす」
数行分の情報が最後の書類の下の方に書かれている。
「現在分かっている情報は、外見と皮膚の頑強さ、そしてとてつもなく筋肉質な体という事っす」
間違いない。あの時きた怪物は間違いなく討伐隊を崩壊させたモンスターだろう。
【近接攻撃は
【狙撃攻撃に関しては動き回る為、弾を当てるのすら困難。また生息地の構造上、高所からの攻撃が困難】
【マップの環境から吹雪が吹き荒れ、狙撃班の視界が遮られる。また前線兵は雪で足を取られ体勢が崩れやすく為、ガードを扱う武器種は通用しないだろう】
残された3つの情報。ただ絶望がその場を支配していたのが容易に想像できた。今まで通用していた戦法が通じず、
今までで最も過酷な戦場だっただろう。
「この情報を見る限り、普通の戦法は通じなさそうね」
「近接攻撃は弾かれ、クロスボウの狙撃はそもそも当てるのすら困難……八方塞がりっすね」
……
「なあ」
みんなが俺の方を振り向く。
「この狙撃ってどれくらい離れた状態からの射撃だったんだ?」
「基本、ヴィスターさんの指示で標的からは三百メートル離れるように言われてたので……それを破ってる人も見てないんで、答えとして三百メートルっすかね」
あの吹雪の中、三百メートルからの狙撃を標的に当てるのは難しい。恐らくヴィスターさんは今まで上手く機能していた陣形をそのまま氷河ステージで使ったって所か。
「マークスマンの人達に聞きたい、あのステージでどれくらい距離が有れば標的に当てられそうだ?」
この質問にマークスマンの一人が口を開く。
「100mぐらいかなぁ」
ミストさんや他のマークスマンのメンバーも頷く。
「クリティカルエリアぐらい近づかないと当たらないっすね……」
「クリティカルエリア?」
初めて聞く単語だ。
「クロスボウで一番ダメージが通る射程があって、大体80〜100m当たりなんっすよ」
「でも、それだけ近いとモンスターからの攻撃に対応できないんですよね」
短期決戦で終わらせる。それが最も安全な戦い方だ。だがそれをするには、クロスボウの部隊がその距離で攻撃されないという保証が無いと……いや、それなら一つ方法がある。
「それなら……」
俺の言葉にそこにいたユイとマークスマンのメンバーがあり得ないものを見たかのように目を見開いた。
「K1君……それ本気でやるつもりなの⁉︎」
「下手したらK1さん死んじまうっすよ!」
「ああ、勿論。情報を見た限り、近接攻撃はほぼ効かない……なら暴竜へのダメージソースとなりえるのはクロスボウによる攻撃だ。それを考えた上での作戦だ」
俺の中で生み出された一つの策。誰も死なせず、自分の持つスキルを最も活用できる作戦。
「頼む、これが俺の中の最善策だ」
正直俺が考えた作戦はバフの出来るユイと安定したクリティカルエリアを保ちながらモンスターの弱点部位を安定して撃てる技術を持ってるマークスマンのみんなありきの作戦だ。作戦の中の俺の役回りは妥協すれば誰でもいい。つまり……俺が最悪死んでもこの作戦は引き続き使うことが出来る。もしこれ以上モンスターと戦うことになっても、同じ作戦で戦える。
「自己犠牲がすぎるよK1君……」
「ユイだって分かってる筈だ。可能性があるとすればこの作戦ぐらいだって」
「……!それは」
「心配するな、俺はもう逃げない。ユイとマークスマン達と一緒にこのゲームを……潰しに行く!」
ユイは俺の背中を叩いた。目の周りが少し赤みがかった顔で。
「分かった!私達二次前線部隊「特科」はK1君の作戦を支持し、遂行します!」
ユイは高らかに宣言し、マークスマンのメンバーもはっきりと頷く。俺は仲間の頼もしさに心が満ち、深い息を吐いた。
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