三十話「嫌になる程見た景色」


1月3日

パチパチ、カラン


炎と火の粉、崩れる薪。

壁にもたれかかり、ログハウスの暗い部屋で体育座りをして、顔をうずめる。から十日ほど経ち、すっかり血闘剤の副作用も乗り越えた。しかし自分がなぜここに座っているのか……それはあの時、十日前のことだ。


〜〜〜〜〜


「あ、起きた……みんなー!K1君が起きたよ!」


この声……ユイ?

だめだ、首が動かない。体も動かない。

俺の目の前をユイの顔が覗き込む。しかし何故薄着?

ユイだ。


「おーい、意識ある?」

手を振り、意識を確認する。意識はあるのに……口が動かない。


「とりあえず少し様子を見たほうがいいっすよ、凍傷に酷い霜焼け。皮膚の血も凍りついちゃってますし……ここの室温も30度以上ありますよ。ユイさんも一回休んでください」


討伐隊の制服を着た男性プレイヤーの言葉にユイは少し考えるような仕草をする。


「うん、そうする。ちょっと30分は頑張っちゃったかな」


「ほんと、ムチャしないでくださいよ」


「分かってるって」


ユイはそう言い残し、部屋を出る。

それからは討伐隊の人達とユイが交代で俺の容態を見てくれた。

それから何日か経って、このログハウスに戻ってきた。

そしてこのザマだ。もうとっくに血闘剤による無力感は、体が動かなくなる副作用は終わってるはずのに……身体は動かない。いや動こうとしていないのかもしれない。

そんな時でも配信はいつもの時刻通りに行われる。12時ちょうど、寸分の狂いもない。4月上旬から7月中旬、9月上旬から12月中旬まで配信が土日や祝日以外では行われなかったことを考えるとどうやら俺の身体はしっかりと学校には行っているらしい。

久しぶりにメシ、食べたいな。

ふと何の突拍子もなく思う。もう1年近く俺はメシも食べてなければ、ちゃんとした意味で寝ることも、トイレに行く事もなく、ただ痛みかそうでないかという生活をおくっていた。

「……こんな時でも食欲って湧くんだな」


食欲というには到底かけ離れた感情だ。だがとにかく何か口に入れていたい、その衝動が高まる。

ダメだ。色々な思考と予想が頭の中が真っ黒になっていく。


ただ何も出来ず、床に涙を落とす。


〜〜〜〜〜


集会所


「K1君、来ないね……」


「来ないっすね」


「どうなっちゃうだろ、私達」


「もう無理なんじゃないですかね、ぶっちゃけ……討伐隊で最も力も勢いもあったランス隊も全滅、その他討伐隊の前陣のプレイヤーも多くが行方不明……戦力は相当削られましたよ」


「ミストくんもよくあんなステージを逃げ切ったよ」


「ほんとたまたまっすよ、少し道を踏み外してたらと思うと……考えたくもないっすよ」


がっしりとした身体とは正反対に小心者のミストは、椅子に座る。


「討伐隊は空中分解しちゃったし、ミストくんはこれからどうするの?」


「え〜……まだ何も考えてないっすよ。けど今何か急いで動いた所で何か好転するとも思えませんし……なにもしないっすかね」


「だよねー、今下手に動いてもどうにかなるとは思えないし……」


「……ログハウス行ってくるね」


「あ、それじゃお先っす」


ミストとユイは別れ、ユイは歩き出した。


〜〜〜〜〜

ログハウス


……やけに1日が長く感じる。ああ、寝れないからか。

それに食事の時間もないからだ。でもそれ以上に、このログハウスの静寂が俺の心に埋まらない空洞を生み出している。

ふと窓を見る。暗闇から光を見て目をすぼめる。

いつの間にか日が落ち、青い月光が窓から射す。

もうこんな時間か。配信はとっくに終わり、今日も何も言わず配信が終わってしまった。


「は〜、疲れた」


床に寝っ転がり目を瞑る。冷たい床に頬の熱を当てる。

幾度もなく見た景色、光と人を失った住居に俺一人がぽつんと佇む。


「薪、運ばなきゃな」


すっかり薪も無くなっていく。

最近取りに行ってないからだな。薪を数個持って玄関へ向かう。

足音

俯いていた顔を上げ、音の鳴る方を向く。


「ユイ……」


「や。元気にしてる?」


久しぶりだ。でももう半月も会っていない彼女が何でここに?


「中、入っていい?」


「え……あ、ああいいよ」





「うわぁ、すごい広い。しかも暖炉なんて初めて実物見たかも」


「実物じゃなくてゲームのオブジェクトだけどね……でもちゃんとあったかいんだ」


「ははっ、確かにそうだね」


「……それで何の用だ?わざわざこんな所まで」


大方予想はついている。けど聞かざるを得なかった。


「……単刀直入に聞くよ。氷河の主を倒しに行かない?」


「ユイとか?」


「私だけじゃない、討伐隊の皆も」


「俺には荷が重いよ。たった三人の命も救えなかったんだから」


ダメだ。


「それにユイを、討伐隊のみんなを失ったら俺は」


ダメだ。


「どう責任を取れって言うんだ!」


そんなことユイに言ってどうする。


「俺は、きっと討伐隊もユイも……殺してしまう」


密林で同行した三人のように、あの時死んだ三人のように。


「それに氷河の主を倒せたとして、黒元竜プライオスなんてとてもじゃないけど倒せやしない!」


はっ


ついカッとなってしまった。


「すまんユ……」


「いいの」


「……」


「いいの、K1君の気持ち、聞かせてもらったから」


ユイは椅子に座る。


「私、K1君と一緒に戦いたい。私、死なないから」


……なんでそんなに


「何でそんな自信があるかって?それは私とK1君のコンビは最高だから」


「K1君はどう思ってるか分からないけど、今まで一緒に戦ってきた中でK1君以上に相性のいい人いなかった」


ユイは言葉を重ねる。


「K1君は自分の責任だって自分を追い詰めるけど、それは本当の意味で死んだ仲間の為にならない。残された人の為にも」


「ユイ……」


悲しんでたって状況は変わらない。俺がここで無意味な時間を過ごすことがこのゲームの世界を攻略することにはつながらない。


「ユイ」


「うん、何かな?」


「俺と……暴竜を倒そう」


ユイは満面の笑みで答える。


「うん!」

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