二九話「敗走」
少しの間を置き、牙を剥き出しにして咆哮を上げる。
ヴィアぁぃオォォ
酷い音だ。無骨で飾り気のなくて……そして強い音。身体の芯に響く音、近づけば全てを壊しそうな音。俺は目の前で聞き、一つの判断が頭をよぎる。いや、むしろそれ以外の選択肢が思い浮かばない。
「早く……ミソラだけでもいい!逃げろ!!」
動かない身体で叫ぶ……いや叫べない。喉の声帯さえ動かせない。
こちらへ暴竜は走ってくる。早く、早く逃げないと……
近づいてくる、近づいて……いや俺の方じゃない。
あいつ、Vorzの方へ走っている。
「K1君!早く逃げるよ!」
俺は声を絞り出す。
「ミソラ……でもVorzは?」
「Vorzをあの怪物から逃げながら運ぶのは無理だと思う。しかもあの怪物多分だけど血の匂いを嗅いで追いかけてきてる……多分Vorzと一緒に行くとなるとここで私達三人共あいつに殺される!」
暴竜はVorzの血の匂いを嗅いでVorzに近づいていく。
やめろ!やめてくれ……だめだ、意識が……くそっ薄れていく。
「Vorzだって、ここで私達が全滅するのは望んでない!だからK1君と私だけでも逃げる……行こう」
ミソラの肩を借りて、俺を背負う。
「私達だけでも……生きなきゃ」
涙。
首も動かないからミソラの表情は見えないが、多分泣いている。
仲間を置いて逃げてることはそれだけで精神的にキツいものがあるのだ。たかがゲームで知り合った友達ごっこだと世間は言うだろう。……年月にして数ヶ月だが自分の生きてきた人生の中で最も濃厚な数ヶ月だった。凡庸なつまらない現実世界から逃げるようにゲームをしてた時とは全く違う日常。ミソラは、ビーズは、……Vorzは友達で、最高の仲間だ‼︎‼︎
ドスンドスン
さっきと同じ足音、暴竜の足音だ。
「もう……私達の方に来てるっていうの……」
ミソラが息を切らし、足を前へ、前へと進める。
「絶対に生き残るんだ……あんな怪物に倒されてたまるか……」
ミソラは悔しさとVorz がゲームオーバーしたことを悟る。
ドスン‼︎
いる。すぐ後ろに、あいつがいる。
「はぁ?もう……」
暴竜は頭を振り、ミソラを吹き飛ばす。
「ぐはっ」
ミソラのHPゲージがものすごい速さで削れていく。
やめろ、ミソラに手を出すな……声も出せず、身体は動かない。無力さが俺にのしかかってくる。
「逃げて!K1君!これ使って」
ミソラが俺にアイテムを投げる。
これ……【テレポート発煙筒】じゃないか。
発煙筒をあげた方向に移動するアイテム。でもこれは使用者しか移動はできない。
「K1君!早く!私、K1君までゲームオーバーになってほしくない!K1君はほとんど出血してないからこいつの視界から逃げ切れれば……きっと逃げ切れる!!だから……そのアイテムを使って……逃げ」
ブチッ
モンスターに攻撃され、肉の千切れるSEが響く。
目を見開く。あまりにリアルな人の肉に力が抜ける。さっきまで叫び生きた目をしているミソラの目が濁り、血がかなりの勢いで飛び出す。
「は?」
渦巻く情動の中、絞り出した一言。今すぐにでもあの暴竜を殺してしまいたい。でも身体は動かない。
ダメだ、今の俺じゃあいつには勝てない。
俺だけでも生きなきゃいけない。Vorzとミソラの命を張った行為を俺が無為にしちゃいけないだろ。
暴竜から離れるようにミソラから貰ったアイテムを投げる。地面に着弾してしばらくして赤色の煙を出しながら、空へと煙が伸びていく。
俺の後ろが騒がしい。暴竜が食事を終わらせ、また新しい食事の為俺へと向かってくる。白い地面の中で俺の灰色の装備は一段と目立つ。暴竜は匂いを嗅ぎながら俺へと近づいてくる。くそっ、テレポートとやらはまだか。
ゆっくりと近づいてくる暴竜に何も出来ない。
早くッ!!早くしてくれッ‼︎
その瞬間、一瞬ピカッと目の前にフラッシュが発生する。
フラッシュにやられ、暫くして目を開く。
ここは?雪が降る森の中、さっきよりも木々が多いように感じる。だが風景はほとんど変わらない。しかしあの暴竜もいないし、さっきよりも空気が寒く感じる。
とにかく早く帰らないと……ここに来てこの長時間、氷河ステージで防寒アイテムを使っていなかった疲れと雪の足場で奪われてた疲弊がどっと俺の体に降りかかる。戦っていた時はアドレナリンでほとんど感じなかったが、一旦の危機が去り、安堵したことにより疲れを感じているのか?
動けない為、這いつくばりながら少しずつどこかへと前進する。
つめてぇ……装備に溶け水が浸透してくる。あ、これダメな奴だ。これ以上、動けない。
ああ、くそくそくそ。何で、なんで……涙が出るんだ。
「誰か、助けてくれ……」
無様、カッコ悪ぃ……でも助けは求めざるを得なかった。
もう俺だけじゃ……太刀打ち出来ない。
雪の中へ涙を落とす。結局俺はこのゲームで孤独を押し付けられた。
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