十四話「犠牲と道」

……左半身が暖かい。

ぐっしょりと濡れた装備の上から強い熱源を確かに感じる。

真っ暗な視界から目を開き、暗黒を引き裂く。

引き裂いた先の視界には集会所の天井が映り込んでいた。

そして視界の端に焚き火の暖炉が見える。


「……きた……起きた!K1君!」


高い女の人の声、この声……ユイ?


「おお、起きたぞ……」


「マジかよ……本当に生きてるよ」


他のガヤ達も俺が目を覚ました事に驚く。

俺は上半身を立ち上げ、周りを見る。

俺のすぐ隣にユイ、そして野次馬達が立ちながら俺を囲む。


ユイは濡れた俺の上半身に抱きつく。


「よかった……死ななくて……本当に」


涙混じりの声に俺は何も言えなかった。俺は何も言わずユイの頭を撫で、引き離す。


「心配してくれてありがとう、俺は大丈夫だから」


ユイは涙を拭いながら、ならよかったと涙声の混じった声色で呟く。

それにしても自分はなんでここに?俺は密林の一番エリアの奥で倒れていたはずじゃ……

その時、野次馬達の後ろから一本の道が形成されていく。

その道から装備を濡らしたヴィスターさんと付き人の人達が歩いてくる。


「目を覚ましたかい」


ヴィスターさんは優しいトーンで話しかける。


「ヴィスターさん」


ヴィスターさんは背中に背負った大きな盾と長い槍を壁にもたれかける。


「君達の帰りが遅いので密林に来てみれば、君がフウユガルの死体の隣で意識を失っていたからびっくりしてしまったよ」


「……フウユガルを倒したはいいものの身体を動かすことが出来なくなるほど体力を使い果たしてしまって」


「そうだろうね。それに……仲間を失ったんだな」


俺の心に鋭く、その言葉が突き刺さる。

そうだ。フウユガルの討伐の成功と引き換えに俺は三人のプレイヤーを特殊実験への参加を許し、さらに帰還には失敗、ヴィスターさん達に迷惑をかけた……これは、果たして勝利したと言えるのだろうか?フウユガルには勝ったが、この損害から、俺達プレイヤーは得をしたといえるのだろうか。


「……すいません」


「謝らなくていい、君が悪かった訳じゃない」


優しい言葉が心の傷を深く抉る。


「今回はこちらの隊員が安全確保を怠っていた可能性があった。彼らは三人中二人が密林のマップに来る事自体初めてだったという事実も今さっき知った。その点を私は考慮せず人員を配置してしまった……私の責任だ」


ヴィスターさんは深く頭を下げる。


「それにK1君にはモンスターにプレイヤーが蹂躙される姿を見てしまったと思う。あの恐怖は私も体験したが、自分も二度と味わいたくないし、他の人にも味わってほしくないものだ。だがそれを許してしまった」


ヴィスターさんの声に力が込もる。


「こちらこそ……本当に貴重な人員を三人も死なせて……すいません」


言葉が出て来ない。

『すいません』この五文字が俺の頭の中を支配している。


俺はその後フウユガルの素材全てを貰う事となり、集会所を後にした。

フウユガルの素材に関しては討伐隊に提供すると言ったが、その素材で作れる装備はクロスボウ使いもランス使いも扱うのが難しいアーマースキルでなおかつ防御力も低い事もあって使わない、という理由とヴィスターさんから『次回からは人員の選別はしっかりと行う様にするからその素材を使って強力な装備を作ってくれ』というヴィスターさんの気持ちにより俺が所有する事となった。

俺は部屋に戻り、シャワーを浴びる。

服を着替え、ベッドに腰掛け、メニューを開く。

フレンド欄のユイに通話を掛ける。数秒程待つとユイの声が聞こえてくる。


『もしもし……K1くん?』


「もしもし、ユイ?俺だよ」


『どうしたのこんな夜中に?……まだ今日のこと気にしてるの?」


ユイは心配そうな声で俺に聞く。


「気にしてないって言ったら嘘になる。けど前に進むつもりだよ」


『……ならよかった。ところで要件は?』


「ああ、何ヶ月か前線には顔が出せなくなる」


『……パーティーでの戦闘はもう厳しい?』


「……うん、正直。でも必ず前線には戻るよ。今回前線を離れるのは装備を整えるための軍資金集めとそのついでに準前線プレイヤー達の補助に入ろうと思うんだ」


『準前線?初めて聞いたけど……』


「一万三千人のプレイヤー達のことさ。今、草原中心の任務の遂行と採取プレイヤーの安全を守っているプレイヤー達のことさ」


『あぁ〜あの人達か……いいんじゃない?K1君がそうしたいなら止めないよ』


ユイは優しく言葉を紡ぐ。さっきまで強張っていた俺の顔が少し緩む。


「そんな訳で最前線はユイと討伐隊に任せる。俺もなるべく早く戻るよ。今は心を整理する時間が欲しい」


『うん。また戻ってきたらパーティー組も』


「ああ……それじゃ」


『うん、それじゃ』


俺は通話を終了させ、ベッドに寝転ぶ。ふと手を天井へと伸ばす。


「今は力を蓄える時だ。今度こそ誰も死なせない!」


俺は天井へ伸ばした手を強く握った。

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