2章侵攻開始
十五話「夏、動き出す世界」
8月25日。
監禁されてから五ヶ月と二十日ほどが経つ。
無限に広がる蒼穹に、地平線まで伸びる草原。
今、俺の立っている草原の四番エリアは草原マップの中で最も面積が広く、エリアの中央には大樹が
その大樹以外は何もなく、地形も限りなく平坦でここだけ別世界の様な感覚さえ芽生えてくる。そんな平坦な地で俺は数人の準前線プレイヤー達と任務を受注していた。
任務の内容はロウガロクの卵の運搬。
採取クエストに分類される任務でただひたすらにロウガロクが産み落とした卵を供給基地へと送る作業を永遠と続けるだけだ。
しかしこの任務、想像以上にきつい。
モンスターの卵なんて初めて見たが、大きさからして1メートル近くあるもので重量もかなりある。腰にくるし、何より重いものを運びながら小型モンスターの攻撃を掻い潜るイライラ棒の様な緊張感がよりストレスを強くする。
くそっ、自由に動けないってこんなに苦しいものなのか……
俺は両手で抱えた卵に意識を集中させ、モンスターの気配を感じ取りながら、最短ルートを通る。
その最短ルートはモンスターに妨害されにくいルートで任務で通る際はよく通ったものだ。俺はそのルートに沿って歩いていく。
他のプレイヤー達も良さに気づいたのか俺の通る道をなぞる。
数時間経ち、無事任務を達成する。
「お疲れさんしたあ!」
若い兄ちゃんが頭に巻いていたタオルを脱ぎ、協力者達に深く礼をする。
「こちらこそ!」
「いつもお世話になっているよ!」
他のプレイヤー達が労いの言葉を交わしながら帰路をとぼとぼと歩いていく。俺は列の最後尾で汗を拭いながら夕日に照らされた草原を眺める。
部屋に帰り、部屋の床に敷いた茣蓙《ござ》に寝転ぶ。
「ふぅー、疲れたぁぁ」
部屋の天井へ視界を移す。
俺が前線を退いてから二ヶ月弱、この部屋にいる時間に居る時間が延びた。ユイとの通話したあの日の翌日の配信で俺は全てをリスナーに話した。前線を一時的に退く事、金稼ぎや心の整理が終わり次第、前線に復帰する事。隠す事無く喋った。そしてその宣言から二ヶ月、視聴者は初期よりも半分以上減っていた。
だがそれもしょうがないことだろう。
俺の配信を新しく見に来た視聴者はGMWでモンスターと戦う姿を見にきているのに、最近は日雇いの仕事の様な作業を映すだけ。やることのない日はリスナーと雑談兼情報の仕入れをするだけ……はっきり言って退屈してしまうのも無理はないだろう。
俺の事を初期から見てくれている三人のリスナーに教えてもらったのだがGMWから俺を知ったリスナーは俺の事を、ゲーム世界に閉じ込められたと思い込んでる異常者かそういう設定を貫いてるヤバい奴という認識らしい。他の配信者も同じ様な状態らしく、特に大手の配信者のチャット欄はいつもの3割増しで荒れているらしい。
この状況が発生するって事は……まだこの事件は世間に公表されてないのか?
もう半月になるぞ……一体俺達はあと何日、あと何ヶ月ここに居ればいいんだ?
ほぼ毎日労働しているせいか、精神的にまいってしまう。
とりあえず寝るか……食事という楽しみも持てないため、嫌な事があったら寝て忘れる。この半月で得たライフハックだ。そうでもしてなければ頭がおかしくなりそうだ。
今までは任務による戦闘が憂さ晴らしになってたのかもな……そんな考えが頭をよぎり、蒸し暑い部屋の中で俺は
翌日、正午になり、早めに終わった任務から集会所に戻る。
相変わらず炎天下の中、汗はかくのに喉は乾かない。全くもって変な気分だ。
任務の報酬金を分けてもらい、リーダー的な人から一礼をして受け取る。
他のプレイヤー達はもう既に報酬を貰い、そそくさと解散していく。
「今日の配信は、雑談かな……」
日銭を握りながら、配信を始める。
いつもの三人は相変わらずすぐ入室する。
『待ってました〜』
『K1殿、一日ぶりでごさる』
『こん』
「よ、三人とも。にしても相変わらず早いな」
いつも通り配信を始めると、三人のリスナーは揃えて同じ話題を振る。どうやら今さっき動画投稿サービスCoNectにある動画が投稿され、注目されているらしい。
内容はGMWについて言及されたものなのだという。
「……GMWについて何か分かったのか?」
俺は期待したいという気持ちとデマで売名目的の動画だった時の不安との狭間の中、部屋に戻ってCoNectを開き動画を探す。
「これか……」
簡素なサムネ。タイトルは「GMWの問題、警察庁サイバー犯罪対策本部は動くべきだ」とかなり長い。
サムネイルには眼鏡をかけた男だけが映し出されている。
……このサムネはどちらともとれるな。
恐る恐る動画を再生する。
動画を再生してすぐ、眼鏡の男が喋る。
『今、このゲームはとんでもないことになっているんです!速やかにこのゲーム制作会社は責任をもってユーザーを解放するべきだ!』
迫真の声色が動画から出力され、俺は体を少し震わせる。
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