十二話「風鼬竜(フウユガル)vs K1」
〜密林第1エリア〜
しなやかで素早くトリッキーな動き、言うならば立体的な戦闘に苦戦する。
木々の隙間をスルスルとすり抜け前後左右、そして上空からの攻撃に俺は今までにない以上に追い詰められていた。
「くそっ、はあはあ……」
身体中から汗が噴き出る。
今までのどの敵MOBやプレイヤーよりも速く、複雑で軽快な動きに防戦一方の状況を押し付けられる。
それにまさかフウユガルと戦うことになるとは思わず、事前調査を怠った。何処か弱点部位なのかだとか何に弱いのかすら分かっていない。
「くそっ!こんなとこで……」
ダメだ……一度撤退して態勢を整えないと。このままじゃ体力だけが削られて力尽きた所を狩られるだけだ。
それに時間が掛かって夜にまで長引けば相手の方がより有利になる。
でも……どうすれば?
追い詰められていく。肉体的にも精神的にも少しずつ、だが着実に。斬りかかって反撃はするものの擦り傷程度の傷しかつけることが出来ない。だが今の所全ての攻撃は躱せている。だがその躱すという行為そのものさえもう限界が見えてくる。
……!これ、使えるか?
働かない頭をフル回転させ、それに近づく。
攻撃を躱しながら、それを手に入れ、左手に持つ。
もう一か八か。
左手に持ったクロスボウの弾を正面から攻撃してくるフウユガルの顔面へと投げつけ、フウユガルの鼻先に当たる。小さな爆撃が発生し、フウユガルは顔面を仰け反らせ地面に倒れる。
その間に、フウユガルの攻撃を凌ぐ際に踏ん張り続けガクガクになった足で走り出す。
〜密林第1エリア〜
なんとか距離を取り、岩にもたれかかる。
とりあえず安全な場所に移動できた。
だが膝が笑って、まともに動くことすら出来ない。
しかも夕日は雲に隠れ薄暗い為、早めにケリをつけなければフウユガル以外の夜行性のモンスターに襲われる危険もある。
今の内に出来る事……まずは何が弱点なのかを調べなきゃいけない。弱点を突き続ければこの状態からでも勝てるかもしれない。俺はメニューを開き、時刻を確認する。
「17時26分……」
後30分程度で配信が強制的に終わってしまう。
俺は肺に酸素が行き渡るように息を深く吸う。
普段、自分の視点を基にしたカメラワークで配信しているが、強く呼びかける為にVR空間での配信機材である透明なバーチャルカメラを自分の顔に向ける。
「リスナーのみんな、後30分もすると俺の配信は強制的に接続が中断されると思う。そうなる前にあの化け物の弱点を調べて欲しい。有力そうな情報は全部チャット欄に書き込んでくれ!情報の真偽の判断はみんなに任せる。でもなるべく情報の選択肢は多い方がいい。今、あいつを倒すにはみんなの力が必要だ……」
『任せて』
『よいですぞ〜』
『おk』
コメント欄を開きながらカメラを元の視点に戻し、一息つく。
あいつ……フウユガルは、かなりダメージを負ってるはずだ。負ってるはずなのに……あの異次元的な速さ、俺の目が追いつかなくなる奴がいるとは思わなかった。筋肉や関節の動きが実在している生物の動きじゃなかった。ロウガロクのようにモデルのような見た目や動きをするならこちらもそれなりに戦えるが、今回はそうはいかない。
17時57分。
3分早く配信の接続が中断される。
「今日に限って早く終わったか」
今日の配信ページを開きチャット欄を見る。
「『爆破系の攻撃に弱い』、『衝撃を与えると怯む』、『顔の部位が弱点らしい』……」
爆破系に弱いか……でも爆弾は持ってきてないし、
チャット欄を眺めていると、前作プレイヤーのミミズさんのコメントが目に入る。
「『近接武器の人はガード系の武器使ったり、上手い人だと回避しながら戦っていた』……か」
回避……ロウガロク戦で一回だけ成功したあれか。あの時、モンスターの筋肉や関節の動きを読み取り、躱した。WOをやっていた時と同じように……
WOをやって半月程、俺は勝つためにどうするべきかを考え続けた。反射神経はまだ子供……というか今も子供だがゲームプレイヤーの中でも速い方だ。
そして毎日身体を鍛えて、身体を仮想空間で動かすイメージもつけていた。VRゲームは身体を動かすのに少しコツがいる。従来のコンシューマーゲームやPCゲームとは違いボタンやキーボード、マウスなどが使えれば誰でもアバターを動かせるわけでは勿論ない。だが現実世界にいるかのようにアバターを動かせるのかと言ったらそうでもない。
VRゲームのアバターはイメージによって動くのだ。
言うなれば想像力と空間把握能力だ。最初の頃はこの二つを意識し、力をつけないと上手くゲーム内でアバターを動かす事が出来ない。俺のようなVRゲームヘビーユーザーにもなると無意識化でアバターを動かせるようになるがまだ歳のいってない俺でも慣れるまで半月はかかったから30代以上の大人は慣れるのにかなり苦労したことだろう。だが慣れてしまえば現実世界よりも遥かに多様な動きを出来る状態でゲームをプレイする事が出来る。
そしてVRゲームにおける強さ、特に対人戦での強さとはアバターを動かす速さと技術だ。WOには動きが俺以上に速かったり、バリエーションが豊富な奴は腐るほどとは言わないがかなりの数いた。
その中で俺が
WOをやり始めて数日、ソロランクの勝率は4割程度、はっきり言ってあまり良くはない。しかも負ける相手はいつも自分よりも速い奴や複雑な動きをする奴、言うならば格上の奴ばかりだった。
そいつらを負かすために俺は観察能力を磨いた。
プレイヤーの動く際の筋肉の動き、関節の動き、そして重心のかけ方、そこから相手の行動を先読みしようとしたのだ。
人間の身体の仕組みやトッププレイヤーの動画や配信を徹底的に研究し尽くした。その努力の成果か、俺はこの異常なまでの観察眼を手に入れた。
ロウガロクの時もそうだがGMWのモンスターもWOのプレイヤーのように筋肉があり、関節がある。
しかも人間と同じく重心もある。
この観察眼でモンスターの攻撃を全て見切れれば……
俺は
「さあ、戦うか」
足の震えは収まったが、正直万全とは言えない。
それに回復薬もドーピング液のような戦闘補助のアイテムも一つとして持ってきていない。
幸いここらにはヒールリーフが群生しており、ちぎって食すことで何とかHPは満タンにする事が出来たが……いかんせん俺の動きが鈍い。さっきでの体力の消耗もある。
「あいつとやり合うには少し分が悪いが援軍も期待できないなら……やるしかない」
俺が立ち上がると同時にこのエリアに殺気を感じる。
ドス……ドス
ロウガロク程ではないが大型のモンスターだと思い知らされるその足音を聞き、岩の陰から少しだけ顔を出す。
「来たか……フウユガル」
這いずるように歩きながら、俺の近くへと近づいていく。
そして今、目と鼻の先まで近づいたフウユガルに思い切り力の込めた一刀を頭にぶち込む。あまりの衝撃に一瞬たじろぐフウユガルにすかさず、太刀最高火力のコンボを打ち込むが、怯まず小さな鉤爪状の皮膚を持った前足に吹き飛ばされ、水切りの石のように二、三回地面を跳ねながらダメージを受ける。
「痛って……」
ヒールリーフを口に含めながらフウユガルの飛び込みを躱し、攻撃する。
ゲーム上の演出の血を頭から垂らしながらひたすら攻撃を繰り返すと同時に
フウユガルの動きを観察する。筋肉の発達箇所、関節の可動範囲、重心の位置。そして攻撃時のそれらの動き。
見える。前足の動き、さっきと同じ攻撃を躱す。
それだけじゃない。続く派生攻撃すらも躱す。
「はぁぁぁぁ!」
叫びながら、攻撃の隙をつき攻撃する。
攻撃を避けるのではなく躱す。そうする事によって移動範囲を狭め、体力の温存にもなり、攻撃チャンスも増える。
太刀の回転斬りを決めたと同時にフウユガルは体毛を逆立て、バックステップする。それと同時に空気を震わせる咆哮を放つ。
「来いよ……見切ってやる」
倦怠感が俺の体を襲う中、俺は刀を構えフウユガルと向き合った。それと同時に大粒の雨が降った。
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