九話「露牙鹿(ロウガロク)その3」
供給基地の寝床を使い体力を全回復させ、7番エリアに向かい、ユイと歩いていく。
その途中、配信のチャット欄を見る。すると古参リスナーの白木さんのコメントでチャット欄がびっしりと埋め尽くされていた。
内容を見てみると、ユイについての話だ。
『その女の方は?』
『ユイさんって随分と馴れ馴れしい方なのですね』
……何だが言葉の節々に棘を感じる。あれ?白木さんってこんなキャラだっけ?
「し、白木さんってこんな感じだったけ?なんかいつもと雰囲気違うような……」
『白木殿のご乱心モード久しぶりに見ましたな』
『久しぶりに発作みた』
古参達はいつも通りコメントしている。これ発作って言われてるのか……新規で見てる人こういうノリ大丈夫なのかな。そう思いながら進んでいくと7番エリアに着く。
だがロウガロクの姿は見えない。
「いないね」
ユイは辺りを見渡す。俺もロウガロクを探していると地面に7番エリアから9番エリアへ続く道にくっきりと残された足跡が見える。
「足跡が9番エリアに向かって続いてる、多分……」
さっきユイが言っていた通り寝ているかもしれない。
「9番エリアに行こう。エンハンス頼む」
「任せて」
俺は9番エリアに向かい走り出す。ユイは俺の後ろにつき、操演槍で旋律を紡いでいく。
そしてそのまま9番エリアに着くと地面に横たわるロウガロクの姿が見える。そして同時にエンハンスの演出が入る。
「エンハンスしたよ!」
ユイの声と共に足に力を込め、全力で走り出す。
モンスターが寝ている時への一撃目は通常攻撃の3倍の威力になる。太刀で一番一撃が重い攻撃……俺は記憶の中から最も一撃の重い技を引き摺り出す。
俺はロウガロクの弱点である腹の前に立ち、太刀を抜く。
右手で縁頭を握り、左手を添える。頭よりも刀身が高い位置なるように上げ——そして思いっきり振り下ろす。その一撃はロウガロクの皮膚を貫き、深く肉を抉った。
ピギャァァ!
ロウガロクは叫び声を上げ、起き上がる。
俺はロウガロクに刺さった刀を抜き、右手に太刀を持ち、足元へ切り込む。今しかない。これ以上他のエリアに逃げられて他のプレイヤーに被害を出すのも気が引ける。
右、左と交互に切り刻む。ロウガロクはもう既に疲労状態にあり、動きが鈍い。
「ここだ!」
その太刀の連撃によりロウガロクが倒れる。
「ユイ!」
「もう来てる!」
ユイは自分にエンハンスをかけ、頭に目掛け跳び、刺突を始める。倒れながらなんとか最後の抵抗で暴れるロウガロクはその刺突によって角が折れ、眼球や鼻腔を貫かれる。その間俺も腹をひたすら切り刻む。
「これで……終わりだ」
最後、振り下ろしによる斬撃が腹に入ると同時にロウガロクはは枯れるような鳴き声を発しながら地面に倒れる。さっきまで懸命に暴れていたロウガロクはそのまま生命活動を……いやHPが0になり、動かなくなる。
「……案外、あっさりだったな」
モンスターを倒して開口一番に出てきたセリフに自分が驚く。
「うん……なんていうか、今まで一人で任務やって来たけど、今回が一番戦いやすかったっていうか……」
ユイも俺と同じようなことを思っていたようだ。
「ユイもか?」
俺の方を向き頷く。互いに向き合い顔を見つめる。
「「ぷっ」」
俺とユイ、同時に吹き出す。
「うっははは!」
「ふふぅ……あはははは!」
俺は口を大きく開け、盛大に笑った。ユイはお腹を押さえながら込み上げる笑いを止められずにいた。
なぜだが、笑いが止まらなかった。
さっきまで続いていた緊張がほぐれたせいか、はたまた気が抜けて互いの間抜けな顔に笑ったのか、もしくは精神的におかしくなったのか。だがそんな事より他人とこうやってアホみたいに笑い合う事に喜びを感じていた。
この三ヶ月間一人で任務と向き合い、極度の緊張の中ただひたすらに戦っていた。
配信で何とか孤独を紛らわし、任務の前の日は現実での生活をただ思い返していたほどだ。
WOでは味わうことのないプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
恐らくユイもそうだったのであろう。理由はどうであれ俺と同じく行動しようと歩き出した人間だと思う。
互いに笑いが収まったところでユイを連れ、ロウガロクの素材を刈り取る。
「にしてもこんなにいっぱい……正直こんなに剥ぎ取れるなんて」
ユイのバックにロウガロクの素材が敷き詰められる。
「今回は結構図体が大きかったからな、素材はそれで足りそうか?」
「うん!というか余っちゃうかも」
〜集会所〜
俺達は無事集会所に着き、出口から入る。
集会所には前線で戦うプレイヤー達が多く集まっていた。
「おい来たぞ!あの二人、ロウガロクを倒したんだ!」
ある者の声が伝播し、集会所のプレイヤー達をどよめかせる。そして俺達が集会所に入ったと同時に受付嬢が俺達の目の前に歩いてくる。
「K1さん、ユイさん……ロウガロクを倒されたのですね!おめでとうございます!」
受付嬢は頭を下げる。そしてそのまま話を続ける。
「これからは全てのマップが解放されます!上級の任務を受ける場合はこれからは私では無く、あのピンク色の先輩にお願いします!」
受付嬢は任務受注所を指差す。そこには今までいなかったピンク色の服とピンクの帽子を被ったおばさんがいる。
「それではこれは私からのプレゼントです!それでは!」
受付嬢は俺とユイにアイテムを譲渡した。
そのアイテムは何かのチケットのようだ。
「何だこれ?」
「なにかと交換してねって事?」
互いに結論は出ず、よく分からないがアイテムポーチに入れておく。
「それじゃ、また何かの縁があったら」
「うん……あ、そうだ」
ユイはメニューを開き、いくつかの操作の後、俺にメールが届く。
【《ユイ》からあなたに対してフレンド申請が送信されました。フレンドになりますか?】
はい◀︎
いいえ
「いいのか?俺なんかフレンドになって……」
「いいの!私もK1君が最初のフレンドだし」
そのまま『はい』を押し、初めて見るフレンドリストに《ユイ》の名が登録される。
ユイは笑顔でフレンドリストを見ている。
「じゃあな」
俺は、身支度を整える。
「うん……それじゃ、また……」
互いに広場で別れ、個人の部屋に戻る。
「それじゃ配信終わります」
俺はいつも通り配信を切り、ベットにダイブする。
何も考えられずただボーとしていた。体の脱力からか何もしたくなかった。新しい武器を作ろうかと思ったが今日は辞めることにした。
今日は何となく何もしたくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます