八話「露牙鹿(ロウガロク)その2」

その時ユイの方から音が聞こえる。だが操演槍の音じゃない。これは……笛?

その音がステージに鳴り響き、ロウガロクは俺ではなくユイの方に方向転換し、突進し始める。

ユイは既に木の後ろに隠れている。

又もやロウガロクが木に衝突し、硬直する。

木の後ろからユイは操演槍を構え、ロウガロクの顔を刺突する。引き抜いたと思えば次は目を、次に鼻を重点的に突き刺す。


グォォォオオ!

悲鳴にも近い声を上げ、ロウガロクはその場に倒れる。


「今だよ!K1《ケーワン》!」


少しぼんやりとした意識を振り切り、ユイの声を聞きながら走り出す。


「了解!」


ユイが角を破壊する為、頭を攻撃してる最中、こいつの弱点部位である腹を太刀で切りつける。

踏み込みながら縦切り、突きを介して反時計回りに刀を振り勢いをつけ切り込む。ひたすら繰り返し、ダメージを蓄積させていく。

ロウガロクが起き上がり、咆哮によりユイと俺は両手で耳を塞ぐ。互いに持っていた武器が地面に落ちる。

そのままロウガロクは俺達を無視して、エリアを移動していく。


耳を塞ぐのを止め、地に落ちた太刀を拾い上げる。

ユイも同じように操演槍を拾う。


「ごめん、防音効果切れれたよね?演奏かけなおしておけばよかった」


ユイは俺の元に走り合流する。


「いや、あの時は攻撃チャンスだったし攻撃に専念してよかったと思うよ」


話しながら納刀し、回復アイテムを使う。


「そういえばさっきの笛の音、あれ何なんだ?」


さっき俺に向いていたロウガロクのフォーカスがあの音によってユイへフォーカスが移った。


「ああ、さっきの?『呼び寄せ笛』っていうアイテムなんだけど……いつもはソロだから使わないんだけどさ、マルチする事になったから一応持ってきといたの」


「呼び寄せ笛って……あー、なんか商店で格安で売ってたな……」


そういえばそうだ。使い所が無さすぎて買っていなかったが、マルチだとこういう使い方があるのか……


「それより今のうちにエンハンスかけるからいつでも行けるように準備しておいてね」


「オッケー」


息を整え、目元をマッサージする。

相変わらずモンスターの観察の時は目が疲れる。

ユイに再度、エンハンスをかけて貰い互いにロウガロクが歩いて行った道を進む。


〜草原7番エリア〜


崖が近くにあり、高低差のあるステージに着く。何気にこのステージに初めて行く。

そして数百メートル先にロウガロクが見える。だが突っ立ったまま動かない。


「あれ、チャンスじゃないか?」


ユイに小声で話しかける。


「うん、一応攻撃と防御をもう一段階上げるから行ってもいいかも」


そのユイの言葉に頷き、抜刀して走り出す。それと同時に操演槍から旋律が聞こえてくる。そして目の前に透けたホロウィンドウにエンハンス内容が表示される。


攻撃力上昇 重ね掛け【小】

防御力上昇 重ね掛け【小】

それを見るや否や、目の前にいるロウガロクに斬りかかる。息を吸い込み、両手で太刀を持ち、連続攻撃を足に叩き込む。どうやら疲労状態に入っているらしく、あっさりと転倒する。

更に早く、もっとだ。

斬撃によってロウガロクを追い込んでいく。


「ユイ、このまま行くぞ!」


「今行ってる!」


後ろから聞こえるユイの声が耳に入る。だが視線は血飛沫が飛び散るロウガロクの足元に固定される。ひたすら、ただひたすら目の前の生物の肉体を切り刻む。ロウガロクは起き上がり、一歩引く。

明らかにロウガロクは怒りを表し、筋肉が少し膨張する。


「怒り状態だ、一旦そっちに引く——」


瞬間、

俺は空中へ突き上げられ、HPバーが大幅に削られていく。

空中に放り出され、自然落下して地面に叩きつけられる。

HPが7割方削れられ、体がズキズキと痛む。


「K1くん!?」


ユイは俺の方へと走っていく。


「来ちゃ……ダメだ……離れるんだ!」


力を振り絞り叫ぶ。だがユイは俺に向かって全力で走る。自分の心臓の鼓動が強く、そして激しくなる。俺だけが死ぬならまだしも、ユイを巻き込んで……そんな事は出来ない。

今回は完全に不注意だった。慣れないマルチでの戦闘で頭がいっぱいで……モンスターとの戦いそのものに集中できていなかった。

そして俺の方へロウガロクは角を向け、脇目も振らず突進してくる。

ユイは俺の元に飛び込んでくる。


「K1くん!」


「ユイ!」


来ちゃダメだ……

俺は死を覚悟し、俺は目を瞑る。

ロウガロクの雄叫びが鼓膜を震わせる。歩いた時の震動を地面から感じとる。




……揺れが収まった?

さっきまでの震動は無くなり、目を開ける。


「ふ〜間に合ってよかったよ」


ユイは胸を撫で下ろす。


「……ここは?」


見た事のない場所だ。簡易的な寝床や大きめの木箱が何個か置かれている。


「ここは休憩地点みたいなとこ、供給基地って言うらしいよ」


「供給基地……」


立ち上がり、あたりを見渡す。そこはかとなく暗い、けど程よく陽の光が入っている。


「それより俺達何でここに?」


そうだ、俺達は7番エリアにいたはずだ。なんで供給基地に?


「それはK1君が危なかったからこれ使ったからだよ」


ユイはポケットから銀色の粉末が浮かぶ、透明な正方体を取り出す。


「それは?」


「これはカイキキューブって言うんだけど、これを使うと周囲のプレイヤーをマップの供給基地に移動させるんだよ。今の所調合でしか作れないから持ってる人は少ないけど……」


そんなアイテムが……でもおかげで助かった。


「ありがとう。ユイがいてくれなかったら死んでたよ」


感謝の言葉が溢れてくる。あそこでこのアイテムを使っていなかった今のは確実に死んでいた。


「供給基地の寝床で寝ると、体力全回復出来るらしいから寝てこうよ。私も体力結構削られちゃったし」


「ああ、それであいつはまだ7番エリアにいるのか?」


「多分ね、もしくは9番エリアで寝てるかも……私も初めて戦うからさ。怒り状態の時のノーモーション突進なんて予想も出来なかったし」


「……とりあえず寝るか」


「そうだね。体力はすぐ全回復するらしいから」


俺はおぼつかない足取りで寝床に向かった。

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