第4話 彼女のリモートハッキング

眩しい。

目を開けるとすでに外は明るかった。


もう昼か。 食欲はない。

彼女のことを気になってしょうがなかった。


「もう一度やってみよう」

意識を集中した。

目を開けると、見たことのない景色が現れた。


可愛らしい部屋の中、ここは俺の部屋ではない。

彼女のだろうということはすぐに気付いた。

まずは、できるだけ情報を得よう。

まだ彼女の名前しか知らない。


沢田真奈美


大学生だろうか、大学の学生証が見える。

階段を降りる。すると食卓が広がる。

そうか、家族で一緒に暮らしているのか、じゃあー、こっちに遊びにきてもらう感じになるかな。

勝手に妄想がどんどん膨らんでいく。


父親と母親、そして弟。

目の前にいたのはその3人だった。

すでに、座席に座っていた。


いただきますと言って食べ始める。

音が聞こえないのに、あたかも自分も一緒にいる感覚で、聴こえてくるような気がする。

きっととても幸せなのだろう。

視界だけでも伝わってくる。 お腹が空いているのが自分でもわかる。

「グーッ」と自分のお腹がなる。

目の前に現れた食卓は、自分には経験のなかった食卓だった。


家族でこんなに幸せそうに食べたことなんてなかった。

いつも怒っている父親、そして食卓につくことなくいつも世話しなく家事をこなす母親。一人で食べていた感覚しか俺には持ち合わせていなかった。


我に戻った時は、あまりにも幸せな感覚で、もうお腹いっぱいのような感覚になっていた。

「グーッ」という音で、やはり俺はまだ食べていなかったことに気付く。


とりあえず、リモートハッキングは成功した。

これでいつでも彼女が見ているものを共有することはできるのだ。


そうか共有するってことは、果たして俺が見ているものも彼女に見せることができるのだろうか。今はとにかく彼女ともう一度再会できるようにするのが先決だ。


明日は月曜日だ。

きっと朝から講義に出かけるだろう。

そこで家の周辺情報を探るしかなさそうだ。


「タンタタン、タンタタン」

スマホのアラームが鳴った。

あっ、そうだ。場所を探さないと。


意識を集中した。

玄関があけて外が見えた。ちょうど出掛けるところだ。

線路が見える、ってことは線路沿いなんだろう。


周辺は住宅しか見えない。

たまにアパートらしきものが立っているが、ほとんどが一軒家だった。

ちょっとした公園が見えてくる。

大人には狭いけど、小さな子供が遊ぶには十分な広さだ。


あれが駅かな。


見覚えがある。行ったことのある駅だった。

自分の最寄駅からでも3駅くらいしか変わらない。

ってことは帰りを装って一緒に帰ることは不自然じゃないだろう。


そうか偶然を装うか。

よし、とりあえず新宿で乗ってばったり合うっていう展開でやってみようか。

でも、混んでいたら話すらできないかもしれない。

それでも、やってみるしかない。


新宿駅で待っていた。

やはり朝のラッシュに比べれば人は少ないが、それでも多いと感じる。


仕事の終業時間の時間帯よりは、まだ時間は早かったから、もし見つければ話くらいはできそうな気がした。


「パンッ」


ちょうど電車が止まるところだ。新宿駅に着いたのだろう。

そして乗り換えだ。

電車から降りて、京王線の入り口に向かって歩いていた。


視界を自分に戻し、京王線へと歩き出した。

あたりを見回して彼女を探していた。

どこだ、どこにいる。いた。

ようやく見つけた彼女は、相変わらずかわいらしかった。


ゆっくりと近付いていった。

ホームまで彼女の後ろから少し離れたところを歩いていた。

そして偶然を装って声をかけた

「あれっ、飲み会で一緒だった子だよね」

彼女は自分に話されていたことに気付いていない。


一瞬心折れそうになったけど、勇気を振り絞って再度声をかけた。

「おーい、こんばんわ」

「えっ、私」

「ほら、2回くらい飲み会で一緒だったけど、覚えてないか」

「あっー、いたね。ごめん、ごめん、気付かなくって」

「そういえばさ今月は確かいなかったよね」

「あっ、そうなの、何か、あの幹事、しつこくって行くのやめたの」

「そうだったんだね。俺も何かあそこの飲み会あわないなと思ってきてて」

「でも、同じ京王線だったんだね、最寄り駅どこなの」

「私は桜上水」

「おっーそっかー、確かあそこで終電だよね。いいな。俺は千歳烏山なんだ」

「へえ、商店街充実してるってイメージだよね、過ごしやすそう」

話しているうちに、手前の駅を越していて、もうすぐ桜上水に着くころだった。

「そうだ、名前聞いてなかったね、名前なんていうの」

「まなみだよ、じゃあね」

「俺の名前は、た」

と言いかけたとたん、扉があいてすっと行ってしまった。


今日はこれで十分だ。

最寄り駅が分かったことと、名前が分かったこと。

これだけでも、戦利品と言えるだろう。

でも、ひとつだけ言えることは、今のところは自分には興味も嫌悪感も持たれていないということだろう。

顔すらぎりぎり思い出した感じだから、よっぽど記憶になかったといえる。


これからだ、と思った。

君を僕の虜にしてあげる

そう心に決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る