第3話 力の使い道

確かあの時は彼女を見ていた。というより彼女だけを見ていた。

するとスッと俺の目が彼女に吸い込まれていくようだった。

そして視界が一瞬閉じて彼女の目に切り替わった。


集中する、意識を集中する。


でも、この時相手からは目を瞑っているように見えるようだ。

だから、少し離れたところで、今後してみる必要がある。


練習が必要だ、誰かの目に入り込む。


電車に乗り込んだ。朝晩はホームは人混みで満員電車のためにまず座ることはできないが、日中は比較的座れることが多かった。


誰かいないかな、ふとサラリーマン風の青年が本を読んでいるのが見えた。

これはいい、女性をじっと見ると変な風に見られるから、男性を選んだ。


意識を集中する。じっとその男性を見る。

そして青年の目へと吸い込まれていった。


実用書だった。

「論語と算盤」


確か、今度1万円札になる人が書いた本だ。ページをめくるスピードは速かったが、以前読んだことがあった本だったので、内容もすんなり入ってきた。なんだか、他の人の目を借りて小説を見るっていうのは何だか不思議なものだ。


でも、これは見るだけなんだろうか。

確か前回は視野をコントロールできたはずだ。

もう少し右を見てみる。よし、できた。

左はどうだ、できた。

それでは本から視線を外すことはできるのか。それはできなかった。

なるほど、動かすことができるのはどうやら目玉だけのようだ。

でも、長時間はできないようだ。

若干頭がクラクラしたと思ったら、元の自分の視界に戻っていた。


前に座っているサラリーマンは、何事もなかったように本を読み続けていた。よし、まずは視野をコントロールすることを覚えた。


次はもう少し長く見ることだろうな。あと、今回は限界で視野が戻った。

すぐにまた視野をハッキングすることはできるんだろうか。


もう一度集中した。


うっ、頭が痛い。目が受け付けてくれない。

なんだか、拒否されている感じがした。もう少し時間をおいてみた。


30分ほど時間を置いたあと、再度集中した。

今度は成功した。だけどすぐに視野はもとに戻った。

なるほど、時間と相関関係がありそうだ。


すぐには無理だけど30分くらい感覚をあければ、また入り込むことはできる。

だけど短時間しか入れない。

時間をあければあけるほど、長く侵入することができる。


5分ってどうなんだろう。

あのヒーローよりは長いけど、5分っていうのは短い気がする。


きっと5分なんてあっと言う間な気がする。

ずっと見ていたいのに。

よし明日から練習だ。


次の日から、毎日、電車でいろいろな人に入り込むことにした。

いろいろハッキングからハッキングまでの時間をあけてみたり、長時間ハッキングを試みたり、小さい子からお年寄りまで、老若男女あらゆるターゲットを見てきた。


そこでいろいろわかってきた。


ある程度離れていてもハッキングできることも気付いた。


あと2週間、また彼女に出会うまでにいろいろと出来ることはやっておこうと思った。最後まで可能性はあきらめてはいけない。後悔しないために最善をつくす。俺は毎日電車で練習をしていた。


「かんぱーい」


なんと彼女は来なかった。

俺の1カ月は何だったんだろうか。

幹事と数人だけは最初からのメンバーだったけど、それ以外は新たなメンバーだ。その日はただ時間だけが過ぎていった。

せっかくだから、幹事の目をハッキングしてみた。

幹事の視線はどんなものなのか。あいつは信用ならない。それが結論だった。

幹事の視線はほぼ女性ばかりだった。

しかも女性の胸元をちらちら見ていることが多かった。

あいつ、まさかあの娘のことも。

そう考えるととても腹正しく思えた。


彼がスマホをチェックしていた。


沢田真奈美。


[今日来ないの、まなみちゃん。こないだは酔っぱらいだと思って、また飲もうよ]


何だ、こいつ何したんだよ。で、あの娘はまなみって言うのか。

なんだか俺はこの場から一刻も早く離れたくなった。


近くにいる人にしか俺の能力を使えないのだろうか。

「いつも何を見ているのか把握しておきたい」


そうだ、誰かでまた試してみよう。


「今日はちょっとこれで帰ります」

そう言って、俺はお金を置いてその場を離れた。電車にのった後、あの男を乗っ取れるか試してみたかったのだ。


遠くに目が吸い込まれる感覚だった。

引っ張られる、どんどん引っ張られる。目がちぎれそう。

そして何か瓶の中に自分の目玉が入れられたような感覚だった。

そっと目を開けてみる。

さっきまでいた居酒屋だった。


成功した、俺はできた。やればできるんだ。


ってことは、まなみちゃんに会える。

会えるという表現はちょっと違うか。

まなみちゃんの目になれるんだ。


自宅に戻ってからもしばらく考えていた。

今後どうしていくのがいいのか、どうやったら彼女は俺に振り向いてくれるだろうか。


作戦が必要だ。今のままでは俺のことなんて忘れ去ってしまって、記憶にも残らないのではないだろうか。


そうだ、まずは、俺の能力が彼女に使えるかどうかやってみないと始まらないな。

彼女の姿はまだ覚えている。まだ、はっきりと覚えている。その記憶だけで、彼女を見ることができるのだろうか。


俺は、彼女のことを想い試してみた。

先程の電車の中のように眼がどこかとおくへ引っ張られるような気がした。

「真っ暗だ、何も見えない」

失敗なのか、やっぱり無理なのか、記憶が薄れているから見えないのか。

何故だろう。今回はまったく何も見えなかった。暗闇の世界だ。

俺は絶望した。

彼女は運命の人ではなかったんだろうか。

もう会えないのか、どうしよう、どうする。

そう考えながら、いつしか眠っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る