第2話 幸せの入り口

俺は武器を手に入れた。

目の前に現れた強力な武器を持てば、人は使ってみたくなる。

甘い誘惑、それにどれほどの人が勝つことができるのだろうか。

俺だけの特別な能力。

ほかの誰もが使うことができない能力が俺だけに与えられたとしたら、それは与えられし者、選ばれた勇者なのだ。

だけど、なぜ選ばれたのか。なぜ俺なのか。

それは俺にはわからない。



俺は悪人ではない。だから、それを使って何か犯罪を犯したいとも思わない。それを使って幸せをつかむ。それしか俺の頭にはなかった。

「幸せになる」

それ以外に俺は何もいらない。

「ただ、幸せになりたい」

それだけだった。幸せになりたい、彼女と。

たった一つだけ俺の夢が叶うなら、それは彼女と恋人になることなのだ。

地位も名誉もいらない、お金もいらない、ただ俺は彼女だけを想っていた。


たまたま飲み会で知り合った女性だった。

一目惚れ。

結局、その飲み会では一度もじゃべることはできなかった。


「かんぱーい」

みんなで最初にした乾杯。

ジョッキとジョッキが触れる。ドキッとした。

それが、その時の最初で最後の接点。


俺はずっと彼女を見ていたと思う。

彼女はよく気付く女性だった。男女問わず楽しそうに話をしていた。

飲み物がなくなった人には声をかけ、すぐに注文していた。

近くに座ればよかった、と後悔しても遅かった。


でも、その代わりたっぷりと彼女を見ることができた。

サラサラした髪、そして時折見えるピアス。そして髪をかき上げるときに見える首筋。


いつも飲み会に行って後悔していた。

誰ともじゃべることなく終わることが多いからだ。

仲間を作るために向かうのだが、帰りはかえって孤独感だけが残ってしまう。

でも、いつか見つかるんじゃないか。俺と楽しく会話してくれる人がという淡い希望だけえ何度も俺は失敗を繰り返した。


もう飲み会へ行くのはやめよう。これで最後にしよう。そう思って参加した飲み会だった。


もう1回だけ行ってみたい。

幹事が〆の挨拶をしていた。


「まだまだしゃべり足りないって人も多いと思うけど、そろそろ終電の人もいるので、今日はここらへんでお開きにします、次回は来月、またここで開催しようと思うので、また参加できる人は、俺にメッセージください」


俺は次回も参加することに決めた。知っているのは幹事の連絡先だけ、あの女性の連絡先も彼は知っているのだろうか。もう一度参加すれば、彼女と会話することができるんじゃないか。俺はそれに期待をした。もう一度だけ。


そう、2回目の飲み会の時だった。


2回目は前回よりも人数は減った気がする。前回は20名くらい参加していたが、今回はおそらく半分くらいだった。だから、前回よりも一体感のある飲み会だった。


「かんぱーい」またドキッとする瞬間だった。


俺は、またみんながじゃべっている会話をただ聞いていた。彼女は相変わらず楽しそうに飲んでいた。俺のジョッキが空になる。すると彼女が声をかけてくれた。


「あいてるよ、次何飲む」

「あっ、えっと、ビールで」

「ビール好きなんやね」

「すいませーん、ビール一つお願いします」


彼女が頼んでくれたビールだった。とてもおいしい気がした。間接ビール。俺は頼んでくれたビールをこっそりそう呼んでおいしくいただいた。


アルコールも入り、心地よい感じになっていた。

その時だった。


俺は彼女を見ていた。俺の目が彼女に吸い込まれている感覚に見舞われた。


スッとはいっていく。何だか目に違和感があって目をつぶった。そしてあけた瞬間、そこに彼女の姿はなかった。そこに映し出されているのは彼女ではなく、鏡の世界のように、彼女から見る景色が見えていた。彼女の視線は幹事に向けられていた。


何だろうこの感覚、俺の目が彼女の目を乗っ取ってしまったのだろうか。目線を左にずらしてみる。俺の顔だ。鏡で見る顔ではない。カメラに写っている俺の顔だった。


どういうことだろう。俺の頭は混乱していた。


そしてまた目が痛くなりギュッと目をつぶる。そして目を開けると、また彼女の姿が現れた。「大丈夫、お酒飲みすぎちゃったかな」


そう言って俺のことを心配してくれた。

「あっ大丈夫、なんか目にゴミが入っただけだから」


本日4回目の接触だった。

1回目は乾杯、2回目は会話からの間接ビール、3回目は視線の合流、4回目は会話。


今日はどうやら飲みすぎたらしい。でも幸せなひと時だった。

でも、あのカメラのファインダーを覗いた感覚、あれは何だったんだろう。

彼女の見る風景、それを確かに俺は見た気がした。


次回会えるのは、また来月。彼女はまたあの飲み会に来るだろうか。

そう考えながら鉛筆を手に取った。

彼女のことを忘れないためにと、家にあったスケッチブックに彼女を描き始めた。

写真はとっていない。ただ、自分の記憶だけ。


彼女の記憶を思い出し描き始めた。

あの髪、そしてピアス、それに首筋。とくに覚えている彼女を頭に浮かべながら書いていた。


我ながら絵心はない。だけど、彼女のことを思い出すには十分な絵が描けたと満足した。


俺の目が彼女の一部になったのか。彼女の目を俺はのっとったのか。


それは鶏が先か、卵が先かというどちらが先にできたのかという問題と同じように、俺にとってはどうでもいいことだった。


もう一度、あの景色を見るにはどうしたらいいのか。

それが俺の関心事だった。


「目 ハッキング」

検索しても、SNSやPCの乗っ取りの記事しか出てこない。


「他人の視界が見える」

すると、いろいろな記事が掲載されていた。超感覚的視覚と呼ばれるもの、五感や論理的な類推などの通常の知覚手段を用いずに、外界に関する情報を得る能力だ。だけど、ほとんどがゲームや映画の世界なのだ。


視覚共有システム、その技術で鬼ごっこをする。他人の視覚で鬼ごっこする。何だかすごくおもしろそうだ。そんな技術が俺の中に能力として備わったということか。


「ザイオンス効果 」

接触するほど印象が強化されるという恋愛手法。前に本で読んだことがあった。


マイナスの印象ならどんどん悪くなるけど、少しでもプラスの印象ならどんどん良くなるんだそう。


今のところ俺はプラスマイナスゼロだろう。


あの能力で何とかできないだろうか。

きっとできるはずだ。

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