第10話 衝動

「田中くーん、毎回ごめんね…あのさぁ、来週昼間って空いてたりしない?河合さん、なんか他の検査も入ってまだ入院してるんだって、もし空いてたらさ…」

「…いいですよ、昼」

「え、ほんと!いつも助かる!何曜日ダメとかある?火曜日と木曜日は…たしかダメなんだよね?なんか授業とか…」

「……いつでもいいっすよ」

「え?ほんと?何曜日でも?たすかる!じゃあ調整して連絡するから!よろしくね!」

「はい…」


あれから…

思わずあんな風に…

思わずカッとして、いきなり2人の間にわけはいって、彼女をつれだした…日から

なんと言って話しかけていいかわからなくなり、どんな顔をすればいいのかわからなくなり、足が遠退き…

そんなこんなしてるうちに数週間すぎた


最初はまったくそんなこと考えなかったのに

何にも考えず近づいてたのに…

なんで?


一度…

遠巻きに彼女がすわっているのを見たけど、足が前にでなかった

せっかく…隣にいることが普通になっていたのに…

それがなくなって初めて、どれだけ…生活に溶け込んでいたのか、ということに気づく

そしてその普通がどれだけ…普通じゃなかったのかということも。


もうすっかり外は風が吹くと冷たい

あのベンチもきっと寒いはず…

ドリンクを補充するためにはいったバックヤードで、彼女の好きなクラフトシリーズのミルクティーを手に取る

寒くなってからはカイロがわりにとおもってなるべく温かくして持って行って…


叩かれた頬に、無意識に手を触れていた

「…アホらし…」

ホット用に補充するボトルをかごいれて立ち上がる


俺のせいやない……



頭を振ってバックヤードのドアをあけると、アイスクリームコーナーを覗き込んでいる人影が目にはいった

目が悪いのかガラスケースすれすれまで顔を近づけている


おいおい…べたべたさわんな…

磨かんとあかんくなるやろ、と…思った瞬間、

その横顔をみて目をみはった

「え…」

思わず立ち止まる


彼女はケースのまわりをぐるっと一周し、次は携帯電話をとりだして眺めだした


なんでいんの…

いままで…見たことないよ…な

いや、でも独り暮らしのはずだしこのあたりに住んでてもおかしくない…か

でも…なんでよりによって今…


その時、コンビニの制服が…俺の背中を押した

さっきまで身体中をおおっていた色んな感情を、この制服が覆い隠す


近づいて彼女の真横に立った

「お客様、他のお客様の邪魔になりますので」

「あ、はい、すみませ…」

とこちらを向いた彼女の目が丸くなる

「…え」

「…なにしてんの」

「なにって…え…あ、え?」

「ここバイト先」

「あ、ああ…」

ビックリした様子の彼女の横をすり抜けレジにむかう

「いらっしゃいませ」

わざと入り口のほうを向く

でも意識は顔の左側にしかない

全神経を集中させる、彼女がこちらに近づいてくるのを第三の目で感じながら…


カウンターの向こうに彼女がたった

「…これ…」

差し出されたペットボトルを手に取り、目を見ずにいい放つ

「……170円です」

トレイにおかれた小銭手に取り、そっけなく


「ありがとうございました」

「…」

商品を手にとってもその場から動かない彼女

「なにか?」

そう聞くと、シールを貼ったペットボトルを見ながら

「…最近…忙しいの?」

という彼女

「…え?あぁ…ちょっとね…、なんで?」

「あ、あぁ…いや…」

「……」

下をむいたままの彼女

「そっか……あ、バイト邪魔してごめん」

「…」

「じゃあ…」

と後ろを向いた彼女の背中


キュっとスニーカーが音を立てる

おいかけてしまいそうな足を、必死でおさえた

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