第9話 偶然じゃなくて

ポケットのなかでペットボトルをくるりとまわした

温かったボトルはもう冷たい


彼の頬を思わず叩いてしまったあの日から、そのまま別れたあの日から、しばらく彼とあっていない


なぜなら彼がここに現れなくなったから



あの時のあの人の目…つめたかった

その目を思い出して頭の中がキンとつめたくなる

でも、すこし悲しそうだった…目…

って…いや…なんで…

頭を左右にふる


ちがうし!いつもいきなりあんなことして、許されるわけないし、怒るのはむしろこっち…


その頭の中の声を

“偶然なわけないやろ”

という彼の声が重なって打ち消す

偶然じゃなかったら…なに…?


ポケットの中のペットボトルをとりだした

彼がもってきてくれる紅茶は…いつも温かかった…


そのとき、左側からカサっと音がして、目をあげると井上さんが立っていた

「わ!びっくりしたー!」

「あ…」

「…すごい勢いでこっち向いたね、びっくりした…だれか待ってるの?」

「え?あ、いえ…」

「あ、あぁこないだの彼氏かー!」

ポケットに手をいれて井上さんが笑う

「…いえ…ちがいます…」

「え?ちがうの?でも…」

「それに…彼氏じゃないです」

「…え、そうなの?」

井上さんがアキレス腱をのばしながらこちらをみる

「…」

「ふーん…そっかー…」

「…」

膝を曲げ伸ばしした後、こちらに歩いてきて隣に座った井上さんがつぶやいた

「…てことは、よっぽどなんだね」

「え?なにがですか?」

「なにがって…その彼がさ…」

「…?」


井上さんの顔をみる、と私の顔をしばらく眺めたあと、口を開きかけて、すぐ目線をそらした

「あ、あ…はぁ…なるほど」

「え、なんですか?」

「……俺も大概って言われるけど…いい勝負だね」

「勝負…?」

ははっと笑って井上さんがのびをする


「怖かったねーあのとき、彼」

「…はあ…」

「俺めっちゃにらまれたもんねー」

「………」

「なんでだろうね?」

「え、…さぁ…」

「……うーん、彼も気の毒だなぁ」

と言っ井上さんは私の顔をみた

「え…?」

わたしの顔をみたまま、口角をすてきな角度であげて、黄色のまんまるのスマイリーみたいな笑顔で笑った

「健闘をいのる!!じゃあね!」

「え…」

と言って井上さんはたちあがって手を振りながら歩いていった


偶然じゃなくて…?


そういえば

なんで彼は…私がいつものんでる好きなもの…知ってたんだろ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る