第8話 アホ

「いたい!」

ひっぱられる手の痛さに思わず声をあげた

彼は私の言葉に何の反応もせず、グランド脇の木々の下をぐんぐん歩いていく

「ちょ、ちょっと!!」

「…」

「ちょっとってば!!」

沈黙のまま進む背中

足下に落ちていた石につまづきそうになり、足をふんばって、その反動で手を振り払った

「ちょっと!やめて!」

私の声にとまって一瞬静止し、ゆっくり上半身だけこちらをふりむく

こっちをみる冷たい目



「…やめてほしいのはそっちやわ」

「…は?なにが…」

といい、ゆっくり近づいてくる

冷たい目に思わず後ずさると、木の幹が背中にあたる

「…なに…」 

ばんっ

左手が延びてきてわたしの顔の真横で音を立てた

驚いて左側をみようとした瞬間、彼の顔で視界がうまる

「だれよ、あれ」

「え?なにが…」

「さっきの」

「え…だれって学科の…」

「あそこ俺の席なんやけど」

「…は?…」

気がつくと唇に何かがあたる感触がして息がとまった

驚いて身体を押し返したら、より強い力で肩をおさえられる

「ん…ん、」

顔をねじって手で身体を押し返し、気が付いたら手が伸びて彼の頬をたたいていた

「ちょ!なにすんのよ!!」

私の手の衝動で彼の顔が下を向く

「あ…、ごめ…」

一拍間があって彼の目がこちらを向いた

「……」

「おまえさ…」

「なに…」

「ほんまにきづいてへんの?」

「…は?なにが…」

「どんだけアホやねん」

「な…アホはどっちよ!いっつもいきなり…人をからかうのもいい加減に…」

「…ほんまに俺が偶然ここにおるとおもってんの?」

「え?」

「偶然なわけないやろ、こんなとこにわざわざ自転車とめにこーへんわ」

「な…」

「いい加減きづけや、アホ…」

「…」

そう言い残して彼は背を向けて歩いていった


なに…?

なんなの…

アホって…

偶然じゃないって…

なによ…


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